永谷正樹、という仕事。

フードライター、カメラマンの日常を書き綴ります。

「しるこサンド」は名古屋のソウル菓子だっ!

f:id:nagoya-meshi:20170115114908j:plain

しるこサンド」、というお菓子をご存じだろうか?おそらく、名古屋で知らない人はいないだろう。まさに名古屋のソウル菓子ともいうべき存在であるが、知らない人のために少しだけ解説しよう。

しるこサンド」の製造元は、愛知県小牧市に本社がある松永製菓(株)。昭和13年の創業で、キャラメルが主力商品だった。昭和31年にはビスケットの製造を開始したものの、看板商品と呼べるものがなかった。そこで、洋菓子であるビスケットに和の要素をくわえられないかと考えた。それが地元で圧倒的に支持される「あんこ」だった。

「当時からクリームをサンドしたビスケットを商品化していましたが、それと差別化を図るためにビスケットの生地とあんこを焼き上げる前にサンドするという、独自の方法を試みました。ところが、生地とあんこが剥がれてしまうんです。試行錯誤を繰り返した結果、構想から1年後の昭和41年に『しるこサンド』が誕生しました。物珍しさもあって、瞬く間にヒット商品となりました」と、松永製菓(株)広報担当の藤田大輔さん。

f:id:nagoya-meshi:20170115114945j:plain

ビスケットにサンドしているのは、北海道産のあずきとリンゴジャム、はちみつなどを練ったあん。粒あんではなく、こしあんをつかっているため商品名に「おしるこサンド」も候補に挙がったが、語呂のよさから「しるこサンド」と名付けられた。

味の決め手は、ほのかな塩気がきいたビスケットと甘~いあんことのバランス。食べはじめると、手が止まらなくなるのだ。味付けにも相当なこだわりがあり、1枚食べただけではおしるこの味がわからないように作ってある。3枚くらい食べた頃にじんわりと甘さが広がるのだ。最初の1枚目からいきなり甘くては、2枚、3枚と手が伸びないために、あえて甘さを抑えているのである。この緻密な計算こそ、「しるこサンド」が半生記もの間ずっと愛されている秘密なのだ。

しるこサンド」は、全国のスーパーのほかダイソーやセリアなどの100円ショップで購入できるが、地元の愛知県小牧市には松永製菓(株)の直営店もある。それが'14年2月、小牧国際ボウル内にオープンしたしるこサンド専門店『しるこサンドの森 あん・びすきゅい』だ。

店内奥にはカフェスペースも完備。「しるこサンド」をはじめとするビスケットが食べ放題の「ビスケットバイキング」を実施している。ビスケットの内容は随時入れ替わり、常時10種類以上が並ぶ。ビスケットだけでは口の中がパサパサになってしまうと思いきや、コーヒーやソフトドリンクも飲み放題。これはおトクだ!

f:id:nagoya-meshi:20170115115100j:plain

また、定番の「しるこサンド」や個別包装の「スターしるこサンド」、クラッカータイプの「しるこサンドクラッカー」などが揃うほか、ここでしか買えないレアな商品もある。それが半生タイプの「生しるこサンド」である。

f:id:nagoya-meshi:20170115115135j:plain

「この商品のために専門店をオープンさせたと言っても過言ではありません。『生しるこサンド』の構想は10年ほど前からありました。当時、生キャラメルや生カステラが流行っていまして、何とかそのブームに乗りたいと。生地にはしるこサンドとほぼ同じ材料を使っていますが、納得のいく味や食感を生み出すまでに時間がかかりました。商品化のメドが立ったのは3年前のことです」(藤田さん)

f:id:nagoya-meshi:20170115115203j:plain

実際に食べてみたところ、しっとり食感のビスケット生地のほのかな塩味とあんこを練り込んだ口どけのよいクリームの甘さが絶妙にマッチしている。たしかに「しるこサンド」のDNAを受け継いでいる。と、同時に1ランク上の高級感溢れる味を実現させていると思った。「生しるこサンド」の生地やクリームは工場のラインで製造しているが、クリームを絞ったり、生地にサンドしたりするのはすべて手作業。そのためオープン当初は生産が追いつかず、社員総出で夜なべして作ったこともあったという。

「生しるこサンド」の評判を聞きつけた有名百貨店などから「ウチで売りたい」とのオファーが相次いでいるそうだが、賞味期限が短いということですべて断っているという。食べられるのは全国でもここだけだが、わざわざ足を運ぶ価値はある。

天むすの生まれは三重、大きく育ったのは名古屋

「なごやめし」の一つとして知られる天むす。と書くと、「天むすは三重県が発祥だ!名古屋はパクリだ!」と、主張される方もいるだろう。その気持ちも解らないではないが、天むすを自動車に置き換えてみよう。

自動車はわが国の主要産業であり、日本車の性能の良さは世界中が認めている。ガソリン自動車の発明はドイツのダイムラーとベンツ。その両社は「日本はパクリだ!」と、主張しただろうか。否、である。国産車がどんなに背伸びしても勝てない魅力が外国車にはあるし、当然ベンツやダイムラーだって日本車の性能を超える製品や、まったくコンセプトの異なる製品をめざしているに違いない。

実際、天むすが「なごやめし」であることに目くじらを立てる三重県の人は少数派だと聞く。これを徒に煽っているのはネットも含めたメディアではないのか。disれば数字が伸びるという安直すぎる発想で企画したことが見え見えである。それでいったい誰が得をするのだろうか。名古屋には名古屋の、三重県には三重県の良い部分がある。それをお互いに認め合って伸ばしていけばよいのだ。メディアも数字を取ったかのように見えても、大衆の心はどんどん離れていく。取材する側もされる側も見る側も誰一人として得をしないのだ。

さて、天むすは三重県津市にあり、当時は天ぷら店だった『千寿』が発祥。昭和30年代初頭に昼食用の賄い料理、車海老の天ぷらを切って、おむすびに入れたのがはじまりだ。その後、味付けなどを試行錯誤し、常連客に出していた。これが好評となり、メニューに加えられた。

一方、名古屋の天むすといえば、上前津にある『めいふつ 天むす 千寿本店』が有名だ。オーナーはもともと時計の卸会社を経営していたが不景気の煽りを受けて廃業した。今後の生活を考えるなかで、オーナーの妻が幼い頃に津で食べた天むすを思い出し、『千寿』の店主に天むすの作り方を請うた。

店主は頑なに拒んだが、自宅にまで通うなどして交渉を続けた結果、昭和55年に根負けした店主から味の伝授とのれん分けの承諾を得た。その際に「味を落とさないこと」と「レシピを変えないこと」が条件だった。ところが、名古屋では天むすの知名度が低く、というよりは、ほとんど無名だった。そのため、天ぷら専門店だと思って入店した客が何も注文せずに帰ってしまったりと、散々な幕開けだった。

そんな窮地を救ったのは2人の噺家だった。当時名古屋でレギュラー番組を持っていた笑福亭鶴瓶さんと春風亭小朝さんが天むすの味を気に入り、名古屋から次の現場への「名古屋土産」として大量に購入したのである。出演者やスタッフの間で評判を呼び、東京のテレビ局がこぞって番組で紹介した。天むす=名古屋名物をいうイメージを確立させたのだ。

f:id:nagoya-meshi:20170113222938j:plain

これが『めいふつ 天むす 千寿本店』の「天むす」。海老は天然もののアカシャエビをはじめ、時季ごとに厳選。米は富山県産や新潟県産のコシヒカリを使用。海苔は伊勢湾産、とシンプルな食べ物ゆえに食材にはとことんこだわっている。

ふんわりと握ってあり、口の中でほどけて、ご飯と海老天、海苔のそれそれの旨みが一体になる瞬間がたまらない。特筆すべきは絶妙な塩加減。海老の甘みやご飯の旨みを見事なまでに引き出していて何個でも食べられそうである。

ちなみに店名にある「めいふつ」とは、天むすを考案した津の『千寿』の女将が必ずこれを名物に育てるという決意を込めて、あえて濁点を取って「めいふつ」と名付けたのだ。その女将の思いはのれん分けした『めいふつ 天むす 千寿本店』にも受け継がれている。名古屋市内にあるほかの天むす店はうどんなどのサイドメニューを用意しているなかで天むすのみで勝負しているという点だ。その潔さもまた好感が持てる。

あんこ入りコーヒーは、当たり前じゃねぇからな!

名古屋人は大のあんこ好き。というのは、小倉トーストの記事でも触れた。「大のあんこ好き」を強調するために、わざわざ「コーヒーにあんこを入れるほど」という一文を付けくわえた文章を見かけたことがある。たしかに名古屋にはあんこが入ったコーヒーはあるにはある。しかし、地元ではウインナーコーヒーよりも需要が低いのではないかと思う。私も取材以外でほとんど飲んだことがない。極楽とんぼ加藤浩次さんの言葉を借りると、「当たり前じゃねぇからな!」ってことになる。

先日、友人と一緒に喫茶店チェーンの『元町珈琲』に行ったときのこと。何を注文しようかとメニューを開くと、「小倉珈琲」なる新メニューが目に飛び込んできた。写真も載っていて、ウインナーコーヒーのようにホイップクリームが盛られていた。いや、正確に言うと、ホイップクリームにこしあんベースのソース的なものもかかっていた。この日はラーメンを食べた直後だったこともあり、身体はアイスコーヒーを欲していたのだが、「小倉珈琲」が頭から離れない。結局、プライベートで初めてあんこ入りのコーヒーを注文することにした。

f:id:nagoya-meshi:20170113191830j:plain

目の前に「小倉珈琲」が運ばれた。スプーンでかき混ぜてクリームを溶かそうとするとコーヒーが溢れてしまう恐れがあるため、まずはクリームを直食い。当たり前だが、ムチャクチャ甘い。もう、この時点で何となく味の予想はできた(笑)。ふた口ほど食べた後、クリームを溶かしたコーヒーをグビリ。………。予想通り、コーヒー風味のおしるこだった。不等号で表すと、 おしるこ>コーヒー といったところか。コーヒーがおしるこにKO負けしているのである。疲れているときはアリかもしれないが、ラーメンのアフターで飲むには甘すぎる。余計に喉が渇いて水をガブ飲みしてしまった。

完全に私の偏見かもしれないが、あんこ入りのコーヒーの醍醐味とは、甘いあんこを入れてもコーヒーの香りや苦みがしっかりと残っているところにあるのではないのか。つまり、おしるこ風味のコーヒーであり、不等号で表すと、 おしるこ<コーヒー ということになる。少なくとも、今まで飲んだものはそうだった。

f:id:nagoya-meshi:20170113191901j:plain

かき氷が有名な池下の『甘味カフェ WARA家』。ここの「小豆コーヒー」は、小倉あんとホイップクリームが別皿で付いてくる。お店の方に「コーヒーに溶かしてお飲みください」と言われて飲んでみたところ、それほど甘くもなく、コーヒーの味や香りも十分に楽しめたのである。

店名にもある通り、ここはおしるこやぜんざい、わらび餅などの甘味メニューが豊富に揃っていて、それらと合わせるには必然的に深煎りで濃厚な味わいのコーヒーとなる。つまり、あんこと合わせるコーヒーが味の決め手なのである。

f:id:nagoya-meshi:20170113191948j:plain

東区東桜のスペシャリティーコーヒー専門店『加藤珈琲店』は、あんこ入りのコーヒー、「コーヒーぜんざい」を全国に知らしめた店。あんこのほか、白玉や栗などが盛られた器にポット入りのコーヒーを注いで作るのがここのスタイルだ。あんこの量がかなり多いので、ぜんざい寄りの味なのは否めないものの、コーヒーのほのかな香りがあんこの甘さを和らげてくれる。あんこの上から注ぐコーヒーは、パプアニューギニア産の豆をベースにブレンドした看板商品の「しゃちブレンド」。豊かで深みのある味わいが特徴で、甘~いあんこに決して負けないのだ。

あんこ入りコーヒーは、名古屋人が嫌いな味ではないことは認める。何度も言うが、日常的に飲んでいるわけではない。仮に「コーヒーにあんこを入れるほど」が当たり前ならば、コーヒーを注文すると付いてくる柿ピーのように、小皿に盛られたあんこが添えられるはずだ。まぁ、柿ピーとあんこではコスト的に差が出るかもしれないが。

あんこ入りコーヒーについて調べていたら、喫茶チェーンの最大手『コメダ珈琲店』にも昨年11月に「小豆小町」というあんこ入りコーヒーがメニューにくわえられたことを知った。『コメダ珈琲店』は名古屋の喫茶チェーンであることもウリにしているので、「小倉小町」の誕生は必然だったのだろう。

名古屋でかつ丼といえば…・その3(最終回)

皆様はどこでかつ丼を食べているのだろうか。かつ丼が食べられるのは、味噌かつ丼を紹介したときにも触れた、とんかつ専門店がまず一つ。ほかにも思い当たる店はあるだろうか。ファミレス?冗談はよし子さんである。旨いかつ丼を食べたいと思ったら、麺類食堂に限る。きしめん味噌煮込みうどんを出す、あの麺類食堂だ。

かつ丼の味の決め手となるのは丼つゆである。丼つゆときしめんのつゆは濃度の違いこそあれ、ダシやたまり醤油をはじめとする調味料は共通である。だから麺類食堂で食べるかつ丼は旨いのであり、卵でとじたタイプが一般的なのだ。もちろん、麺類食堂のなかには味噌かつ丼が名物という店もあると思うので、すべてがそうだとはいえないが。

丼つゆはきしめんのつゆと同様に、ムロアジやサバ節、ソウダカツオでとったダシがベース。それにたまり醤油やみりん、酒、ザラメなどをくわえて仕込む。見た目は関東のかつ丼と何ら変わりはないが、中身はまったく別物と言っても過言ではないのだ。それは丼つゆを使う親子丼や玉子丼も然り。

f:id:nagoya-meshi:20170113233548j:plain

今日、それを再確認するために錦3丁目の『総本家えびすや本店』へ行ってきた。これが「かつ丼」である。卵でとじてあると思いきや、揚げたてのとんかつの上に丼つゆで溶き卵とネギを煮込んでスクランブルエッグ状にしたものがかけられている。そのため、サクサクの衣に閉じ込められた肉の旨みや脂の甘さが堪能できた。名古屋らしいダシが香る丼つゆを吸いまくったフワフワの卵を絡めて食べるとさらに美味しく、イッキに平らげてしまった。

実はこのタイプのかつ丼は名古屋の麺類食堂でよく見かける。別の麺類食堂の店主から、こんな話を聞いた。

「ウチの場合、仕入れた豚肉がやわらかくて状態が良いときは、スクランブルエッグ型。逆にあまり状態がよくないときは、揚げる時間を若干短くして、軽く煮込んで卵でとじて火を通します。常時スクランブルエッグ型で出している店はそれだけ豚肉の質に自信があるということですよ」

その昔、雑誌のリサーチでかつ丼を2週間にわたってほぼ毎日食べまくったことがあった。そこでわかったのは、かつ丼の美味しさはとんかつの厚みではないということ。テレビでかつ丼を食レポする際に、とんかつの断面を見せて「ご覧ください!この分厚さ!」とコメントするレポーターが実に多い。たしかに薄っぺらいよりは分厚い方がお得感があるし、絵にもなる。しかし、かつ丼として旨いかどうかは甚だ疑問である。

かつ丼に限らず、丼ものの醍醐味は具材とご飯の一体感である。厚すぎるとんかつからは生まれないのだ。リサーチで食べまくったのは、有名なとんかつ店が中心だったこともあり、どの店も定食に使うとんかつをそのままご飯にのせていた。丼ものなのにとんかつとご飯を一緒にかき込んで食べることができなかった。仕方がないので、味噌なり溶き卵なりで味付けされたとんかつをおかずにご飯を食べた。これでは定食と何ら変わらない(笑)。

だからといって、薄すぎるのもいかがなものかと。食べ歩くなかで私はかつ丼におけるとんかつの肉の厚みの黄金律をはじき出した。それは6mmないし7mmである。この厚みがご飯との一体感を生み出すのだ。思えば、それを気づかせてくれたのも、ある麺類食堂だった。そこのかつ丼はとんかつや卵のとろみ加減、丼つゆの味付け、ご飯の炊き具合とどれをとっても完璧だった。ふと、かつ丼が食べたくなると、車を走らせた。しかし、店主亡くなった後、ずっと店は閉まったまま。店主の息子さんが若大将として頑張っていたのだが…。

長々と、かつ丼について3回にわたって書いてしまった。たかがかつ丼。されどかつ丼。実に奥が深いのである。県外の方で名古屋へ来られることがあったら、味噌かつ丼も美味しいが、麺類食堂のかつ丼を是非食べていただきたい。

名古屋でかつ丼といえば…・その2

仕事柄、地方に出かける機会が多い。その土地の名物や人気の店を事前にネットでリサーチするのだが、仕事で疲れているときは駅ビルや駅構内の店で済ませることもある。そのたびに後悔することも少なくはない。それは名古屋駅も例外ではない。

ここ何年かで名古屋駅の構内や地下街、周辺の商業ビル内に「なごやめし」の有名店が増えた。そのほとんどは県外の客がターゲットだろう。実際、私も取材以外で入ったことがない。しかし、そんななかにもキラリと光る店もある。しかも、全国的にその名を轟かせている有名店ではない。

名古屋駅構内の「うまいもん通り」内にある『キッチンなごや』がそれだ。ここは味噌カツをメインに手羽先やエビフライなどの「なごやめし」が食べられる店。ここの「でら旨味噌かつ丼」を食べて驚いた。旨すぎるのである。このテの店は、業務用のレトルト食品を使っているのでは…と思っていた自分が恥ずかしい。

f:id:nagoya-meshi:20170110175346j:plain

これが「でら旨味噌かつ丼」。一見、フツーの味噌かつ丼に思えるが、着目すべきは味噌ダレ。これまた「なごやめし」の一つであるどて煮を使っているのだ。このどて煮のレベルの高いこと!豆味噌とともにじっくりと煮込んだ牛すじは口の中でとろけるほどやわらかく、こんにゃくにもしっかりと味が染みている。それもそのはず、ここは「どて煮」も人気のメニューの一つなのだ。もちろん、店内で調理しているのは言うまでもない。

とんかつとどて煮の組み合わせだけでも十分旨い。『味処 叶』の「元祖味噌カツ丼」のように半熟卵をトッピング(有料)するとなお旨い。前回、味噌かつ丼の弱点は、やや甘めの味付けと単調な味であると書いた。それをどて煮の深みのあるコクと豆味噌と相性の良い半熟卵が補っているのだ。もともとメニューにあった、とんかつとどて煮を組み合わせただけなので店側にとってもロスがないというメリットもある。実によく考えられていると思った。

次回は味噌かつ丼ではなく、名古屋で多数を占める玉子でとじたかつ丼について書こうと思う。一見、関東風に思えるが、そこには名古屋らしさが凝縮しているのである。(つづく)

名古屋でかつ丼といえば…・その1

福井や長野のソースかつ丼や岡山のドミかつ丼、新潟のタレかつ丼など地域によってそれぞれ特徴のあるかつ丼。味噌かつがデフォルトの名古屋では味噌かつ丼が定番!と、言いたいところだが、少数派とまではいかないまでも玉子とじのかつ丼を出す店の方が多いのである。

味噌かつ丼は主にとんかつ店で食べられる。味噌かつは定食で食べる分には美味しく食べられるものの、丼にするとクドく感じて、途中で飽きてしまう。味噌かつの味噌ダレはやや甘めに仕上げてあることが多く、味が単調に感じるのはそのためだろう。ただ、味噌かつ丼をメインに出している店はそのあたりをしっかり研究している。

f:id:nagoya-meshi:20170110140210j:plain

写真は栄にある『味処 叶』の「元祖味噌カツ丼」。昭和24年に割烹料理店として開店したが、昼の時間帯に味噌かつ丼を出したところ、人気を呼んで看板メニューになったという。平成24年4月に引退した創業者の杉本利資さんは東京・浅草出身。名古屋といえば味噌、という発想からこのメニューを考案した。

「味噌味のかつ丼があってもいいのではと思って作ったのがきっかけでしたが、昔はかつ丼自体が高嶺の花。大卒初任給が2000円の時代に一杯60円でした。だから開店当時はまったく売れませんでした。定着したのは昭和30年代以降ですかね」とか。

「元祖味噌カツ丼」を出した当初の面白いエピソードも残っている。割烹料理店ゆえに店内にはメニューがなく、客は注文の方法もわからず、杉本さん自身もメニュー名を決めかねていた。客が来店したときに「お味噌のかつ丼でよろしいでしょうか?」とたずねていたことから、客が「お味噌のかつ丼」を略して「味噌かつ丼」と言って注文するようになった。名付け親は客だったのだ。ちなみに店内にメニューが置かれたのは'04年。「元祖味噌カツ丼」が有名になっても割烹料理店としてのプライドを持ち続けていたのだろう。

また、昔は卵が高価だったので当初は卵をのせていなかったという。客の要望で現在の形になったそうだ。東京出身とはいえ、「客の意見に耳を傾ける」という「なごやめし」の発祥にありがちな話もある。

巷の味噌カツ丼は定食と同様に、揚げたてのとんかつの上に味噌ダレをかけたものが一般的である。一方、ここの「元祖味噌カツ丼」は、和風ダシのきいた味噌ダレで煮込んであるのが特徴だ。とんかつは煮込むと衣が剥がれてしまいがちだが、ここのは衣と肉がぴったりとくっついている。味噌ダレで軽く煮込んだ卵は半熟。黄身を潰して絡めて食べるとマイルドな味になる。これが名古屋人に限らず、全国の人々を虜にしているのだ。

名古屋のかつ丼に関しては、まだ紹介し足りない部分もあるので、続きは次回に。(つづく)

肉や骨、あらゆる部位から旨みが染み出す「純系名古屋コーチン丸鶏鍋」

味噌煮込みうどんが有名な『山本屋 大久手店』。普段、私はシンプルな「親子煮込み」、つまり、鶏肉と卵入りを食べるのだが、以前に「玉子入り純系名古屋コーチン煮込み」を食べさせてもらったことがある。そのとき、「親子煮込み」とあまりにも違うことに驚いた。ここは鶏肉も愛知県産にこだわっているので、旨いことは間違いない。しかし、コーチン入りは旨すぎるのだ。きっと、コーチンの肉から出る旨みがつゆに染み出して、まったく別物になるのだろう。

『山本屋 大久手店』は、味噌煮込みうどんが代名詞ともいうべき有名店であるが、実は名古屋コーチン料理にも定評があるのをご存じだろうか?味噌煮込みうどんの具材として仕入れていた名古屋コーチンの美味しさをもっと伝えたいと、名古屋コーチンの天ぷらや天むす、焼き鳥などのメニューも用意している。常連客の間ではかなり人気のようだ。そんななか、昨年の冬に「名古屋コーチンを使った鍋を作った」との連絡をいただいた。味噌煮込みうどんの店ゆえに、以前このブログでも紹介した『鳥久』や『宮鍵』のような味噌鍋をイメージした。しかし、その予想は見事に裏切られた。

f:id:nagoya-meshi:20170108190249j:plain

これが「純系名古屋コーチン丸鶏鍋」である。ご覧の通り、コーチンの丸鶏がゴロッと入っている。写真だと判りにくいが、若鶏の1.5倍くらいはあり、4~5人分のボリューム。しかし、ただ単にコーチンを放り込んであるわけではない。丸鶏の皮目を軽く炙った後、半日かけてじっくりと煮込んであるのだ。そのスープと味噌煮込みうどんに使う味噌ダレを合わせたつゆが味の決め手である。

ひと口飲むごとに肉や骨、あらゆる部位から染み出たコーチンの力強い旨みと、岡崎産のカクキュー八丁味噌がベースの味噌ダレのコクが広がり、身体の隅々にまで染みわたるようだ。長時間じっくりと煮込んでいるにもかかわらず、肉はしっかりとした味がある。さすがは名古屋コーチンだ。しかも、箸で切れるほどやわらかく、しっとりとした食感。蟹を食べるときのように、思わず無言で食べ続けてしまった。

鍋の締めくくりはもちろん、うどん。「打ちたて・切りたて・茹でたて」を味わってもらおうと、1日5回も麺を打つという。だからこそ、噛むごとに小麦の味と香りが口の中で広がるのだ。そんなこだわりのうどんを丸鶏鍋のつゆでいただくのだ。不味いわけがないではないか!コーチン入りの煮込みをはるかに上回る濃厚な旨みを吸いまくったうどんの旨さはハンパない。こりゃたまらんっ!

『山本屋 大久手店』5代目で専務取締役の青木裕典さんによると、

名古屋コーチンの鍋は前から考えていたのですが、4代目の女将でもある私の母が知り合いの韓国料理店で参鶏湯を食べたときに丸鶏を入れるというアイデアが浮かんだそうです」とか。とはいえ、この鍋は名古屋風参鶏湯的な創作メニューではない。90余年にわたって培われた伝統の味噌ダレが肝なのである。その汎用性の高さから生まれた一品なのだ。