永谷正樹のなごやめし生活

「なごやめし」について書き綴ります。

「なごやめし」とは何か?2

「なごやめし自虐史観」から脱却させた第一次なごやめしブーム 

 '02年頃、東京で火が付いた「なごやめし」ブームが発祥の地、名古屋に飛び火した。愛知万博開催も大きな追い風となって、東京の大手メディアはこぞって名古屋に訪れて「なごやめし」を取材した。その反響は凄まじく、県外から多くの人々が「なごやめし」を目当てに来るようになった。

私はこの万博前後の時期に起こったブームを「第一次なごやめしブーム」と呼んでいる。10年以上経った今でも「なごやめし」が名古屋観光のキラーコンテンツになっているのは、人々が飽きさせない魅力があるのだと思っている。

第一次ブームが起こる前、県外の人、とりわけ東京の人の名古屋名物に対する印象は決して良いとはいえなかった。ネット上では「ゲテモノ喰い」と揶揄されていたのを覚えている。名古屋の人々もそれを自覚していて、郷土料理に対する自信と誇りをすっかり失っていた。いわば、「なごやめし自虐史観」に陥っていたのである。

私自身もそんな思いを抱いていた。東京から編集者や記者が名古屋に来たとき、好みがハッキリと分かれる(と思い込んでいた)豆味噌を使った味噌煮込み味噌かつ、味噌おでんを積極的に勧めなかった。全国に通用するのは、ひつまぶしと手羽先くらいしかないと思っていた。

しかし、タナボタ的にブームがやって来たおかげで名古屋の人々は自信と誇りを取り戻した。とりわけ、県外から訪れる多くのお客を目の当たりにした店の人はこう思ったに違いない。

「『なごやめし』はオイシイ!」と。

その顕著な例が名古屋駅新幹線地下街『エスカ』だ。万博前後の時期には味噌煮込みうどんやきしめん味噌かつの店があるくらいだったが、「なごやめし」を出す店がだんだんと増え続けて、今ではテナントの大部分を占めるようになった。もっとも、資本力のある大手外食産業が手がける店ばかりだが。(つづく)