永谷正樹のなごやめし生活

「なごやめし」について書き綴ります。

♪ソースより、フツーに、味噌が好っき~♪

10年以上前、県外の人にいちばん理解されなかった「なごやめし」が味噌かつだった。「何もとんかつにまで味噌をつけなくても」とか、「とんかつに味噌というのはナイわ」など、さんざんdisられた。ところが、「なごやめし」のブームが起きると、手の平を返したように、「味噌かつ、旨いんじゃね?」、「とんかつに味噌って意外に合うんじゃね」と、味噌かつマンセー状態になり、「なごやめし」を代表するメニューとなった。

味噌かつといえば、皿に盛られたロースかつに味噌ダレがかかっている(別皿で味噌ダレを提供する店もある)定食メニューをイメージするだろう。いろんな店を取材するなかで私は居酒屋の味噌串かつが発祥ではないかと考える。

戦後間もない頃、名古屋駅や伏見などには屋台が建ち並んでいた。豆味噌で牛のスジ肉や内臓を煮込んだどて煮を出す店が多く、その鍋に串かつを浸して食べたのだ。揚げ置きして冷めてしまった串かつを温めることにもなり、瞬く間に広がったのだ。

定食メニューはこの味噌串かつを参考に考案されたものであろう。最近、メディアやネットで味噌かつ三重県津市にある洋食店が発祥であることが採り上げられている。なかには「なごやめしはパクリだ!」なんて意見もある。そんなことはまったく問題ではない。

肝心なのは、味噌かつが地元で熱烈な支持を受けて、他店も真似をするほどの勢いで広がり、食文化として根付いているかどうかである。それは味噌かつのみならず天むすもしかりだ。だから、誰が何と言おうが味噌かつは「なごやめし」なのである。

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写真は中村区にある私のお気に入りの店『名代とんかつ八千代 味清』の「名代ヒレかつ定食(味噌)」。味噌ダレは別皿で出されるが、撮影用にかけていただいた。もちろん、「ロースかつ」も用意しているが、40歳を過ぎた頃からヘルシーなヒレかつを好んで食べるようになったため、あえてヒレかつを推したい。

 ここは大正時代から昭和の終わりまで錦で営業していた『ステーキハウス 八千代本店』から暖簾分けした先代が昭和37年に開店させた。本店は舌の肥えた財界人や政治家、文化人が集うサロン的な店だったそうで、先代は本店から受け継いだ味と技術を守ることを第一として、食材選びはもちろんのこと、ソース類やドレッシング、マヨネーズにいたるまで、すべて本店のレシピをそのまま再現している。その姿勢は現在、厨房で腕を振るう二代目店主の高杉満さんにも受け継がれ、親と子、孫の三世代で食べに来る客も少なくはない。

ここに足を運ぶたびに、思わず見とれてしまうのが厨房内。とにかく美しいのである。清掃が行き届いているだけでなく、鍋の一つ一つまでピカピカに磨き上げてあるおそらく、この姿勢も先代から、ひいては本店から受け継いだものであろう。このような店は何を食べても旨いに決まっている。

ヒレかつに話を戻そう。ヒレかつもまた、かつて本店の名物だった一品。薄めの衣に包まれた豚ヒレ肉は、愛知県産の知多三元豚をはじめ、時季ごとに産地を厳選。絶妙な火加減で揚げてあり、ほのかな甘みとしっとりとした食感が堪能できる。味噌ダレは八丁味噌ではなく、愛知県あま市にある『佐藤醸造』、いや、名古屋では『七宝みそ』と言った方が通じるだろう。その豆味噌をベースに鰹ダシをくわえ、さっぱりとした口当たりに仕上げてある。また、ご飯の炊き加減や赤だしの味付けなど細部にいたるまでこだわりが伝わってくる。

名店の味を受け継いだ、なんて書くと、ヒジョーに敷居の高い店のように思われるかもしれないが、心配無用(笑)。実際にスゴイ店なのに、高杉さんはまったく偉ぶらず、気さくに話しかけてくれる。味は言うまでもなく、私がここをお気に入りである理由もそこにある。