永谷正樹のなごやめし生活

「なごやめし」について書き綴ります。

コンプレックス。

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世間で言うところのお盆休みは、毎日原稿を書いていた。電話はほとんどかかってこないし、メールも少ないため、書くのに集中できると思っていた。が、オノレの、あまりのボキャブラリーの貧しさに凹みまくり。

それでも〆切は待ってくれないわけで。よく、「文章が上手くなるにはどうすればよいでしょうか?」なんて訊ねられることがるが、こっちが聞きたいわ(笑)!

ほんと、文章だけで食っている人はスゴイと思う。どんなアタマしてんのか、開けて見てみたいくらいだ。語彙もなければテクニックもない私は、一文字でも多く書くしかない。写真も同様。表現の、あまりの引き出しの少なさ加減に凹みまくり。

こんなとき、相談できる師匠がいればなぁと思う。このブログで何度も書いている通り、私には師匠がいない。文章も写真もすべて我流。今さら後悔しても遅いのだが、私の中では相当コンプレックスを感じている部分ではある。

だから、オノレが志す道における師の存在は、本当にかけがえのないものであり、一生の宝である。師匠がいない私が言うんだから間違いない。

あ、私は師匠がほしいのではない。勘違いしないように。師匠から教わる「表現の引き出し」が私にはないのだ。これもすべては私の責任だから悔やんでも仕方がない。

ただ、自分自身に言い聞かせていることがある。それは、写真が好きであるという気持ちが大きければ大きいほど、知識や技術を凌駕するのだ、と。テクニックがない分、気持ちでぶつかってやれ!ということだ。って、こんな根性論は今どき流行らないよな。でも、そう思わなきゃやっていけないのだ。