永谷正樹、という仕事。

フードライター、カメラマンの日常を書き綴ります。

矛盾に満ちた世界で明るく生きる。

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先日、同業者と飲んだ。私のカメラマンとしての、ライターとしての能力のなさを見透かされているような気がして、ひと昔前は同業者と飲むのが実は苦手だった。

しかし、50歳となり、残りの人生を変えたいと思ったとき、できるだけ多くの人と交流しようと決めた。自分で言うのもアレだが、かなり成長したと思う。

さて、飲みながらライターとして影響を受けた作家の話になった。ある者は中上健次、ある者は山田詠美だった、と。

私はというと、本はドキュメンタリーかノンフィクションしか読まないため、影響を受けるというよりもテーマや取材の手法から刺激を受けるという感じなのである。

しかし、小説ではなく、漫画は小学生の頃から読んでいる。中でも影響を受けたのは、手塚治虫だった。

手塚漫画は、人間を「悪」として描かれることが多い上、ハッピーエンドで終わる作品も少ない。例えば、『鉄腕アトム』。ロボットであるアトムが人間的な感情を持っている正義の味方であり、アトムを作った人間が悪役なのである。そんな作品を小学生から熟読していたら、どうなると思う?

矛盾に満ちたこの世界で生きることに希望を見出せず、人生に絶望しましたよ、ええ。頭が良いわけでもなく、運動ができるわけでもなく、家が金持ちでもないオレはどのように生きていけばイイんだって。

とくに中学生になると、中間や期末のテストでクラスや学年の順位がリアルに伝えられるから、余計に絶望した。とくに勉強にまったくやる気が起こらなかった。クラス順位を鑑みて、これくらいの高校しか行けない。その高校からは三流大学しか行けない。就職先も中小零細企業……。そんな人生を描いていた。今思えば、なんてカワイクない中学生なんだ(笑)。

でも、ある日あるとき、自分の力を限定しているのは親でもなければ、学校の先生でもない。ましてや友達でもない。自分自身であることに気がついた。それを絶対に認めなければ、自分の未来を切り拓くことができるのではないかと思ったのだ。

人生観が変わると、目の前がパーッと明るくなった。偽善だと決めつけて冷めた目で見ていたことが実は善意に溢れていたり。「甘いわ」と言われるかもしれないけど、自分はどこまでも「性善説」を信じようと思った。前にブログにも書いたが、騙す側よりも騙される側の方がいいと今も思っている。

手塚漫画に出会ったことを後悔はしていない。それどころか、今もときどき読んでいるし、世の中の矛盾に対して憤りを感じることだって多々ある。我を忘れて怒り狂うこともあるさ、そりゃ。

でも、若きと老いたると問わず、夢を描いた者が報われる世界にしなければならないし、それを作るのはわれわれ大人の責任だと思っている。

※写真は、同業者との飲み会の会場となった名古屋・栄4丁目『串カツ 青山七丁目』の「味噌串カツ」。ほかにも「どて煮豆腐」や「手羽先唐揚げ」など名古屋めしが揃う。安くて旨い私お気に入りの店の一つです。店主の青山さん、ありがとうございました!

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