永谷正樹、という仕事。

フードライター、カメラマンの日常を書き綴ります。

Y社長。その3(最終回)

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さて、「Y社長。」の続き。ここから読み始めた方は、以下のリンクを上から順番に読むと、より話が理解できると思います。

nagoya-meshi.hateblo.jp

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取材をきっかけに意気投合したY社長と何度か会ったとき、プロデュースしている名古屋の店を運営している会社の販売促進課の方を紹介していただいた。Y社長の店以外にも数多くの店を手がけていて、広告写真の需要があると思ったからだ。

とはいえ、ずっと雑誌の仕事をしていた私に広告の仕事が通用するのだろうか。正直、自信はなかった。私はこれまでの作品を持参してダメ元で会社へ営業に行った。すると、拍子抜けするほどあっさりと仕事をいただいた。

おそらく、いや、絶対にY社長の口添えがあったのだと思う。Y社長も絶対に言わないだろうし、それを聞くのも野暮ってもんだ。

そのおかげで沢山の仕事のオファーをいただいた。忘新年会や歓送迎会のコース料理、季節メニューなどを撮影した。一昨年あたりから月替わりのメニューも撮影させてもらえるようになり、不安定なフリー生活を送る私にとっては大切なクライアントの一つになっている。

しかし、トラブルになった、いや、なりかけたこともあった。これはどちらが悪いということではない。互いの認識不足だったとしか言いようがない。

私のようなカメラマンやライターは、仮に10万円の仕事をしても、源泉所得税を引かれるので額面通りのギャラは入ってこない。発注先が出版社や広告代理店だと、そのあたりはしっかりとやってくれるのだが、クライアントから直接受注した場合、額面通りの請求額になることもある。

私からそれを申し出ればよかったのに、どうせ確定申告をするのだから必要ないと勝手に解釈していたのだ。もちろん、会社も源泉所得税を引くという認識はなかったと思う。

そんな中、私とのギャラのやりとりを会社が税務署に指摘されてしまったのだ。しかも、5年に遡って私が追徴課税を払わねばならなくなってしまった。その額は15万円。私にとっては決して安くはない金額である。

それを会社の経理担当の方から聞かされた私は、カーッと頭に血が上り、支払いを拒んだ。もちろん、修正申告をすれば全額戻ってくるのだが、税理士を使うことになる。その費用は誰が負担するのかという話だったのだ。

なかなか結論が出ないまま数日が経ったある日、Iさんから電話をいただいた。IさんはY社長が先輩と慕う方で、私のこともとても可愛がってくださった方である。

「永谷ちゃん、会社から話聞いたけど、悪いこと言わんから言うことを聞いておいた方がいいよ。永谷ちゃんのこれからの仕事に影響すると思うから……」とのことだった。

ところが、私はIさんからの電話をありがたく思いつつも答えを濁した。

その日か翌日の夜10時過ぎだったと思う。今度はY社長から電話をいただいた。

「永谷ぁ、I先輩から話を聞いたぞ。お前はいくら払わなきゃいけないんだ?」と。

その声から、Y社長はかなり酔っていることがわかったが、

「15万円です」と、私は答えた。すると、

「それ、オレが代わりに払うから!だから会社とはうまくやってくれ。頼む」と、Y社長。

その言葉を聞いて、自分のしていることがとてもカッコ悪く思えた。たかが15万円ぽっちで何と小さなことを言っているんだ、と。もちろん、Y社長がお金を肩代わりするのも丁重にお断りした。

翌日、すぐに経理担当の方に電話をして、これまでのことを詫びた。そして税理士の費用も全部私が持つことを伝えた。ところが、15万円の追徴課税も、税理士の費用も全部会社が負担してくださることになった。おそらく、これもY社長が動いてくださったからだと思っている。

あのとき、Y社長から電話をいただかなかったら、大切なクライアントを失っていたのかもしれない。いや、何よりもY社長が私のことを心配して電話をくれたこと自体がありがたくて、嬉しくてたまらなかった。

少し前、一緒に飲んだときに、Y社長にあらためてお礼を言ったのだが、

「知らねぇよ。まったく覚えてねぇよ」とのこと。

またそれがカッコイイ。Y社長のような人間にはなれないけど、その男気は見習いたいと思っています。Y社長、あなたは私の恩人です。ありがとうございます。