永谷正樹のなごやめし生活

「なごやめし」について書き綴ります。

本当の赦し。

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赦すということは、本当に難しい。

心の奥底で憎む気持ちや恨む気持ちが少しでもあったら、それは「赦し」ではなく、「妥協」になってしまう。

また、相手を憎むことを「忘れる」ことは大切であるが、ネガティブな部分を見ないようにしているだけなのだから、それも「赦す」ことにはならないと思う。

では、本当の「赦し」とは何だろうか。

ある人からこんな話を聞いた。

その人の娘さんが中学校のときにひょんなことからいじめに遭い、不登校になってしまった。卒業後もいじめを恐れて高校も定時制に入学した。

そこですばらしい友達と先生と出会ったおかげで立ち直り、充実した高校生活を送ることができた。猛勉強をして有名私立短大へ入学することもできた。就職も志望した企業のすべてから内定をもらった。

いちばん最初に内定を出した企業に就職して、そこでもすばらしい上司や同僚に恵まれた。地方の営業所に配属されたが、仕事ぶりが認められて、本社勤務となった。

入社して3年目を迎えたとき、四大卒の新入社員が入社してきた。なんと、その中に中学時代に自分をいじめた同級生がいた。すごく心が乱れたが、新入社員の歓迎会のときに彼女は加害者である同級生に

「中学のときは迷惑をかけてごめんね」と、謝ったという。彼女はまったく悪くない。むしろ謝るのはいじめた方である。それでも彼女は謝った。

謝られた同級生はというと、あれから10年近く経っていたが、自分がいじめたことで彼女が不登校になってしまったことをずっと悔やみ、自分自身を責めていたのだった。

就職が決まり、中学時代にいじめていた同級生が同じ会社にいることを知った。逆に罵声を浴びせられ、いじめられるかもしれないと思うと、生きた心地がしなかった。ところが、彼女の口から出たのは謝罪の言葉だったのだ。

その場で泣き崩れて、互いに抱き合って泣いた。その日から2人は親友になった。結婚式にも出てくれて、心から祝ってくれた。今でもその関係は続いているという。

なぜ、彼女はまったく悪くないのに謝ったのか。

これは私の想像だが、いじめに遭って心に傷を負い、不登校になった。そりゃ憎む気持ちや恨む気持ちもあっただろう。しかし、それからの人生が違った。

「中学時代にいじめに遭わなければ、高校や大学、就職先でこんなすばらしい出会いはなかった」と、憎しみから感謝の気持ちへ変わったのだ。

本当の「赦し」とは、相手に感謝することではないだろうか。

そりゃ並大抵のことではない。世間の常識からすると完全に逸脱している。だからこそ、「赦す」ということは、オノレの人生を懸けるべき価値があるのだ。