永谷正樹のなごやめし生活

「なごやめし」について書き綴ります。

僕の「幸福論」。

f:id:nagoya-meshi:20191201221241j:image

HDDにある過去に書いた原稿を探していたら、懐かしい文章を見つけた。今からちょうど4年前、大学で講師をしていた頃に書いたものだ。2015年11月29日、この日は最後の授業。私は学生たちに以下の文章を贈った。

ちなみに私が担当していたのは、雑誌や新聞などの紙媒体について学ぶ「出版メディア論」だったが、まったく関係ないことを書いている(笑)。しかし、私が学生たちへ本当に伝えたかったことかもしれない。

それを私も忘れたくはない。だから、このブログにも遺しておこうと思う。

 

 

僕の「幸福論」

─最後の講義を前に思うこと─

 

 たった5回の講義で諸君に何を伝えられるのだろう。2回、3回と講義を続けるなかでもずっと、そう思っていた。が、40歳を過ぎても未だに己の生き方を模索している最中の僕が人様にものを教えることなんておこがましいことかもしれない。

 この世に生を享けて46年。思えば、迷いと失敗、挫折のくり返しだった。今では考えられないと思うが、幼少期の僕は身体が弱かった。風邪を引くとなかなか治らず、こじらせて肺炎に罹り、小学校4年と5年に入院を余儀なくされた。勉強も遅れ、ずっと劣等感を抱いていた。弱かった僕は、弱肉強食の世の中を恨んだ。

 26歳でフリーとなったものの、世間知らずゆえに失敗は数知れず。編集者にダメ出しされ、取材先に頭を下げて再撮影をさせてもらったことも一度や二度ではない。そのたびに劣等感にさいなまれた。写真を誰からも教わらなかった僕に師匠はいない。弟子入りして写真のイロハを学んだ仲間と比べれば、僕の技術は低い。己の、カメラマンとしての力量不足を認めたくなくて、師匠がいないことを言い訳にしていた。カメラマンなのに文章を書くのも、下手くそな写真をカバーするための手段だったのかもしれない。

 その考えが間違いであったと気が付いたのは、ほんの数年前。カメラマンの僕。ライターの僕。大学非常勤講師・セミナー講師の僕。イベント・商品企画アドバイザーの僕…。それぞれの立場で出会う人々は、僕のことを専門家として認めた上で接してくださる。とりわけ、僕を見捨てなかった編集者にはいくら感謝しても足りないほどだ。どんな立場であれ、僕は僕である。己の人生はすべて己自身が選択し、決めてきたのは紛れもない事実なのだ。だから、弟子入りしなかったのも、僕が決めたことだ。それを言い訳にしていたとは、何と情けないことか。

  人は誰しも幸福になりたいと願っている。では、何を以て幸福とするのか。大金を稼ぐこと?たしかに所得の高低は、その人の持つ技術力や営業力を多くの人々が認めているという目安にはなる。また、やりたくない仕事であっても、家族のために、大切な人のために1円でも多く稼ごうと一生懸命働いている人もいる。おそらく、世の中の大半の人がそうだろう。僕は彼らを尊敬しているし、とてもカッコイイと思う。

 僕も家族はかけがえのないものだと思っているし、大袈裟でも何でもなく子供は己の生命よりも大切な存在である。が、僕は高所得と幸福がイコールで結ばれるとは思えないのだ。そもそも利益を追い求めるのであれば、カメラマンやライターを生業にはしない。

  先日、愛知県内の100名を超える料理人が一堂に会するパーティーに招待された。和食や中華、フレンチ、イタリアンというジャンルを超えて酒を酌み交わす彼らの姿を自らの意思で撮影した。超広角レンズを使って全員で記念写真を撮影し、パーティーは幕を閉じた。カメラのモニターに撮影した写真を映して、主催者の料理人に見せると、

「ありがとう!本当にありがとう!」と、ハグをしてくれた。僕は人生をかけて、彼らの料理に対する熱い思いを写真と文章でサポートさせていただこうと思った。そこに利益云々はまったく関係ない。

  また、数ヶ月前にはこんなこともあった。定期的にメニュー撮影の仕事をいただいている取引先で税務上のミスがあり、僕にとっては大きな金額を税務署に納めねばならなくなったのだ。僕は納得がいかず、経理の担当者に噛みついた。その最中のある日、電話が鳴った。出てみると、その取引先に僕を紹介した、ある社長が連絡をくださったのだ。

「金なら俺が払う。だから永谷はこれまで通り仕事をしてくれ!」

  そのひと言で僕は目が覚めた。ここで社長の恩に報わねば、僕は一生後悔すると思い、取引先からの提示をすべて受け入れた。結果的にすべてが丸く収まり、今もメニュー撮影の仕事をいただいている。

 フリーとなって20年。金脈は未だ手に入れてはいないが、何ものにも代えがたい人脈という財産を得た。これからも多くの人々との出会いがあると思うと、僕の人生は幸せなものだったといえる。不足を嘆けばきりがない。すでに与えられていることを見つめ、実感し、感謝する。それが僕の「幸福論」である。

 最後に、拙い僕の講義に付き合ってくれた諸君、本当にありがとう。5回の講義を通じて多くのことを学んだのは、実は僕の方だったと思っている。諸君との出会いもまた僕の財産である。次回は仕事の現場で再会したいと切に願う。

 

平成27年11月29日

名古屋文理大学 情報メディア学科

「出版メディア論」非常勤講師 永谷 正樹