永谷正樹のなごやめし生活

「なごやめし」について書き綴ります。

美意識。

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好き・嫌いはハッキリとしている方だと思う。とくにフリーとなってからは、その傾向が強くなったような気がする。まぁ、たった一人で仕事をしていくには、自分の気持ちをハッキリさせておかなければならないと思ったのだろう。

年を重ねるうちに、自分の性格が自分でもわかってきたせいか、嫌いな人やもの、ことが増えてきた。大人はそれらをグッと堪えて、少したりとも顔に出さずに生きていくんだろうけど、私にゃムリだ。

あ、でも、嫌いだからといって、表立って悪口を言ったりはしない。だって、ほら、私も大人だからね(笑)。その分、ブログに書かせてもらうけど(笑)。

「嫌い」シリーズ(笑)は、今年5月に6回にわたって書いてきた。ご覧になった方はご存じかと思うが、「異業種交流会」と「業界の交流会」、「セミナー」、「講演会」、「ネットワークビジネス」などが、いかに嫌いなのかを書きまくった。

あっ、そういえば「月収○○○万円をめざす」とtwitterのプロフィールに書いているライターも嫌いだった(笑)。にもかかわらず、私をフォローしたり、私のツイートに「いいね」をしたりする「月収○○○万円をめざす」ライターがいるのが笑える。ブログまで読めってぇの。

「嫌い」について書いていて、私自身が気がついたことがある。私が嫌いなのは、「美意識」を持っていない人なのだ、と。断っておくが、美意識は人それぞれ。だから、人によっては、私が言っていることの意味がさっぱり解らない人もいると思う。また、腹を立てる人もいるかもしれない。

これはあくまでも私の主観であり、理解してもらおうとは思っていないし、理解できるわけがないと思っている。「そんな風に考える人もいるんだぁ」ってな具合に、珍獣を眺めるスタンスと(笑)、広ーい心で読みすすめてほしい。

そもそも、「美意識」とは、「意識」とあるだけに、心というか、内面の部分を指す。つまり、どんな人に、ものに、ことに「美」を感じるかということである。

異業種交流会やセミナー、ネットワークビジネスに共通しているのは、カネだ。カネそのものは絶対に必要なものだし、善でも悪でもない。しかし、使う人によって善にもなるし、悪にもなる。

きっと、私の潜在意識の中に、カネは人の心を狂わせる、という思いがあるのだろう。だから、カネを追い求めている人に対して美しさを1ミリたりとも感じない。ソイツらが持っているクルマや服、時計には美しさを感じるけどね。

前にも書いたけど、本質はソイツ自身が面白い(美しい)かどうかってこと。昨日のブログで私は、「仕事は自己実現である」と書いた。もっと細かく書くと、私が撮った写真や書いた文章で多くの人の心を豊かにするのが私の仕事だと思っている。私が生きている意味もそこにある。

カネはそのオマケというか、バロメーターにすぎないのだ。今、私が貧乏ということは、まだまだ人々の心を豊かにできていないということ。マジでそう思っている。一方、オマケであるはずのカネが、カネ儲けが自己実現ということになると、寂しい人生としか私は言いようがない。私はカネもコネも学歴もない。「ボロは着てても心は錦」、「武士は食わねど高楊枝」の精神で毎日を生きている。

ここまで書くと、カネ持ってるヤツから「羨ましいんだろ」とか、「ひがんでんだろ」とか言われそうだな。そうだよ。羨ましいよ(笑)。でもなぁ、いくらカネを持っていても、これ見よがしに生活に必要のない高いモノは買わない。買うとしたら、もっと仕事に精が出せるように、機材かな。私がカメラやレンズを買いまくることがあったら「コイツ、儲かってんな」と思ってくれたまえ(笑)。

そんな私の考えは、女性に対しても同じで、「カネこそが幸せ♡」みたいな人は苦手だ。一緒に遊んだりするのは楽しいかもしれないが、深い話はできまい。

逆に、子育てや家事、仕事で、それこそ、なりふり構わず、髪の毛を振り乱しながら取り組んでいる人に魅力を感じてしまう。レンズを向けたくなる。しっかりとケアした顔や肌はたしかに美しい。が、刻まれたシワや荒れた手に美しさを感じる。

あ、念のために言っておくが、私はフケ専ではない(笑)。カネではない何かや自分のためではない何かに夢中になっている人が好きなのだ。