永谷正樹のなごやめし生活

「なごやめし」について書き綴ります。

私と名古屋めし。

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味噌かつや手羽先、ひつまぶしなどのいわゆる「名古屋めし」。私は地元で暮らす名古屋人の一人として、名古屋のフードライターとして、名古屋めしは全肯定する。何を食べても旨い、と。しかし、そのほとんどは昭和の時代に考案されて地元で広まったものなので、遙か昔から地元で食べられている郷土料理として括るにはやや弱い。

このブログにも登場したCMプランナーでコピーライターの森健さんは、行政が名古屋めしを観光資源としてPRすることに異を唱えている。

「自分の母ちゃんが作ったようなものを県外や海外の人に食べてもらおうと言ってるのと同じだ」と、バッサリ。

その気持ちはわかる。名古屋めしという言葉が生まれる前の1990年代、名古屋の食べ物はゲテモノ扱いをされていた。とんかつに味噌だれをかけたり、バタートーストにあんこをのせたり、その斬新すぎる発想に食べたことのない人たちは思考停止していたのだろう。そんな彼らに忖度して、名古屋人は胸を張って名古屋名物をPRしなかった。

私も東京から編集者や友人が名古屋へ来ると、「ひつまぶしと手羽先以外はオススメできない」と言っていた。もちろん、味噌かつや味噌煮込みうどん、きしめん、あんかけスパ、小倉トーストなどは大好きだった。それらは好みが分かれる(と勝手に思っていた)ので、県外の人には勧めなかったのである。その点、ひつまぶしと手羽先が口に合わないという人は少ない。だから、この2つを推したのだ。

名古屋人の意識が変わったのは、2000年代初頭。2005年に愛知万博を控えていて、愛知県が、名古屋が注目を集めたのだ。それまで名古屋名物に嫌悪感を露わにしていた(と勝手に思っていた)東京の人が手の平を返したように(と勝手に思っていた)「名古屋めし、旨いんじゃね?」と言い出したことで、自虐史観から解放されたのだ。

しかも、「名古屋めし」というコトバまで生まれた。そこに企業も行政も思いきり乗っかった。私もフードライターとして煽りまくった。結果、名古屋めしを目当てに名古屋を訪れる人が増えた。

愛知万博から15年が過ぎようとしている。相変わらず、企業も行政も名古屋めしを頼りに観光PRを仕掛けている。私は森健さんのようにオノレのポジションを明確にすることはできないが、名古屋めしに対して自由に発言したい。名古屋めしを全肯定しているものの、さらに善くなるのであれば苦言も呈したい。

名古屋めしを出しているという意識すらない、昔ながらの麺類食堂やとんかつ店、居酒屋、喫茶店などにスポットを当てていきたい。さらには三河湾の魚介や知多半島、渥美半島の肉や野菜、知多半島や西三河の醸造文化など全国でも屈指のレベルであり、それらを使った本当に美味しい料理が名古屋にあるという事実も伝えたい。それがフードライターとしての私の使命だと思っている。