永谷正樹のなごやめし生活

「なごやめし」について書き綴ります。

生きた証。

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ここのところ、ブログのアクセス数が伸びている。平均すると1日300名くらい。Facebookから訪れるのはバラツキがあるものの、1日約60~70名。残り230~240名の方は何をきっかけにブログへ訪れてくださったのだろうか。とても興味深い。300名もの方が毎日読んでくださると思うと、毎日書き続ける大きな力になっている。

あらためて、お礼を言いたい。ありがとうございます!!

300名の中には女房もいる。黙っているけど(笑)。この前、感想を求めたら、

「なんか……死ぬんじゃないかって……」とのこと。おいおい、勝手に殺すな(笑)。

たしかに、普段女房に言わないようなことを書き綴っているから、「遺書」のように思えたのかもしれない。実際、私が死んだら、このブログが私の生きた証となる。たぶん、息子たちは読んでいないので、このブログを通して、親父が考えていたことや、悩んでいたことを知ってほしい。もしも、オノレの人生に役立つことがあれば親父としてもこんなに嬉しいことはない。

40歳半ばくらいまでは、いつ死んでもいいと思っていた。過去を振り返ることもなかったし、後悔しない生き方をしていると思い込んでいた。

しかし、50歳に近づくにつれて、このまま老いていってもよいのかと思うようになった。カメラマンに、ライターになったものの、明日、私が死んだとしても誰も困らない。メディア業界は1ミリも揺るがない。

それに、私が東京の編集部から仕事をいただいているのは、「名古屋にいるから」という地理的な理由も大きい。では、仮に私が東京にいたら、今のように仕事をいただけるだろうか?そう考えると、自信を持って答えることができない。

せっかくカメラマンに、せっかくライターになったのだから、“その他大勢”のカメラマンやライターにはなりたくない。自分にしかできない仕事がしたい。仕事にまったく関係のない作品も撮りたいし、書きたい。だから、今のままでは死ぬに死ねない。どんなにカッコ悪くても抗いたい。足掻き続けたい。 

カメラマンとして、ライターとして、思いきり、本気で生きた証を残したい。