永谷正樹、という仕事。

フードライター、カメラマンの日常を書き綴ります。

美崎真緒。

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美崎真緒。東京写真専門学校名古屋校の同期である。

入学して初めての授業で、これまでに撮影した写真を持ってきて、先生に批評を受けるという時間があった。

美崎はエアガンで板チョコを撃ち、バラバラになった瞬間を撮った写真を提出し、先生から「天才!」と言われていたことを覚えている。たしかに、天才だわ、それ(笑)。

たしか、美崎は当時、PENTAX super Aというマニアックなカメラを持っていたな。「super A」という名前がいかにも'80年代だよね(笑)。さすがにその後はNikonに替えたけど。

専門学校の入学時には、同級生が50人くらいいたと思う。写真館やDPE店(現像所)の息子も多かったと思う。しかし、彼らは自らの意志で写真の世界に足を踏み入れたのではなく、店を継ぐという義務感で入学したので、途中でやめていくことが多かった。

1年の前期で何人かドロップアウトして、2年に進学する際にガクンと減った。いや、学校に籍を置いていたかもしれないが、授業には30人もいなかったと思う。

そんな中で、私たちはカメラマンになった。あと、同期で写真を生業としているのが、私が知っているだけでマルヤマとウエダ、ミナコ……。たったの5人。と、いうことは10人に1人。

これを非常に狭き門だと思ったら、大間違いである。そりゃカメラマンになるために努力はしたかもしれない。でも、私たちはカメラマンにしかなれなかったのだ。あ、私はライターもやってるけど。

私たち5人残りの45人も半分以上は写真業界に就職したと思う。でも、当時はバブル真っ只中。給料のイイ、カタギの仕事に転職したのだった。美崎も、私も、ド貧乏を経験している。

美崎は私よりも一足先にフリーになった。若いカメラマンを4、5人雇っていたこともあったが、今は一人で撮影をこなしている。で、いつの間にか個人事業主から法人化していた。その名も株式会社トリプルヒット。

www.misakiphoto.net

社名の由来を美崎に聞いてみた。

「“三方よし”とかいろいろこじつけてるけど、三つ子が生まれたから」とのこと。

そう、実は美崎、別れた奥さんとの間に長男と三つ子の三姉妹がいるのだ。三つ子誕生のニュースは仲間内をザワつかせたことを今でも覚えている。奥さんとの離婚したいきさつを私は全部知っているが、悲劇そのものなので割愛させていただく。

美崎は離婚して以来、子供たちとは会っていない。「トリプルヒット」と口に出すたびに、聞くたびに、字を書くたびに、子供のことを思い出すだろう。美崎、切ないわ!

あ、なぜ、今回は美崎の話題になったのかを書いていなかった。

実は今日、取材先近くのコインパーキングに車を止めたとき、自宅に財布を忘れたことに気がついたのだ。小銭入れの中には500円くらいしか入っておらず、

「美崎、カネ、貸してくれ!」と、SOSを出したのだ。

美崎は夕方まで時間が空いていたようで、わざわざ錦から取材先の上前津まで来てくれた。それも自転車で。そして事なきを得たのである。実は美崎にSOSを出したのはこれで2回目(笑)。美崎が神様のように見えた。

写真は取材終了後に大須の『コンパル』でお茶したときの1枚。で、美崎に撮ってもらったのが、この動画。

もちろん、アイスコーヒーは奢らせていただいた。美崎から借りたお金で。美崎、ありがとう♪