最近はあまり耳にしなくなったが、一時期、「勝ち組」、「負け組」という言葉がいろんな場面で使われた。何をもって「勝ち」、あるいは「負け」なのだろう。
想像するに、経済的に豊かでリッチな生活を送る人たちのことが「勝ち組」で、「負け組」はその反対ということだろう。
ほんっーーーーーとーーーーーに、くだらない。そりゃこの国は資本主義国家だから、利益を追求するのは当たり前だ。では、1円でも多く儲けた者が勝ちなのか。私は決してそうは思わない。
単純に札束を積み上げていく競争であれば(笑)、たしかに財力のある者の勝ちだ。しかし、そうではない。「勝ち組」という言葉には、幸福という意味も隠されているのだから。
つまり、1円でも多く儲けた者が幸せで、そうでない者は不幸である、と。私はどうしてもそこに違和感を覚えてしまうのだ。
さらに、もう一つ疑問が浮かぶ。はたして、何に、誰に対しての「勝ち」なのか。私にはさーーーーーっぱり解らない。
最近では、「勝ち組」、「負け組」に代わって、相手よりも優位に立ちたいがために、さりげなく自慢話などをする「マウンティング」という言葉をよく耳にするようになった。これもほんっーーーーーとーーーーーに、くだらない。
人を見下すことでしか自分の優位性を確かめることができない「マウンティング」をする人は、はたして幸福なのか。イタい人か、可哀想な人としか思えないのだが。
幸福か。不幸か。それを決めるのは、自分自身。
勝ちか。負けか。戦う相手は他人ではなく、自分自身。
私はそう思うんだ。