永谷正樹のなごやめし生活

「なごやめし」について書き綴ります。

自由な時間。3

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人生でいちばん勉強したのは、大学受験のとき、というのがデフォルトだと思う。しかし、私は写真専門学校だったので面接のみ。しかも、実際に入学すると、同級生には高校すら卒業していない者もいたりして、カメラマンは学歴不問であることを実感した。

私が人生でいちばん勉強したのは、高校受験の前。中学3年生のときのクラスは、10人近くが名古屋市内の「学校群」と呼ばれる進学校にすすむ、秀才が揃っていた。

私はというと、成績は中の下。公立高校にギリギリ行けるかどうかのボーダーだったと記憶している。私立高校は入学金や授業料も高い。親に負担をかけさせたくないという思いから、必死こいて勉強した。そのおかげで最後の学年末テストではクラスで10位になった。3学期の学年末テストでイイ点を取っても成績には関係ないんだけどね。

高校受験は無事に合格。一生懸命に勉強して入ったのは愛知県の北尾張でも有数のバカ高、B高校。入学してからは、とにかく、まぁ、勉強はしなかった。そもそも高校で勉強をした記憶がまったくない。高校3年間を合わせても6時間(笑)くらいしか勉強しなかったのではと思う。

教科書は学校の机の中に入れっぱなしだし、ノートは全教科共通(笑)。いかに勉強しなかったのかがお分かりになるだろう。って、威張って言うことでもないが。

それでも、中間や期末のテスト前には遊んでいてはいけないような雰囲気にはなる。それをもっとも感じるのは、学校の近くにある文房具店。なんと、店の前には30人くらいの行列ができるのだ。えっ? 参考書を買い求める学生が殺到!? まさか(笑)。

北尾張でも1、2を争うバカ高ではあったが、クラスにはマジメに勉強をしている者もわずかではあったがいた。その同級生からノートを借りて、文房具店でコピーを取るのだ。店の前の行列はコピー機の順番待ちだったのである(笑)。

コピーを取った時点で、何となく勉強したような気分になるから不思議(笑)。ってことで、私のテスト勉強は終わり。当然、成績は急降下の一途を辿った。とくに2年生のときは本当にヒドイものだった。数学で0点をとったのも2年のときだ。

今思えば、恥ずべきことであるのは間違いない。しかし、当時は逆に誇らしく思った。0点なんてとろうと思ってもなかなかとれないし、オレはそれだけ勉強しなかったんだぞ!みたいな。

この数学と物理、化学が最後まで足を引っ張り、2年から3年に進級する際に留年しかけた。留年から逃れるには、補充授業を休まずに出席することと進級試験をクリアせねばならなかった。

私としては、留年しても構わないと思っていた。1学年下に彼女がいたから、同級生になれる、くらいにしか受け止めていなかった。ところが、彼女は絶対に進級してほしいという。そりゃそうだ。自分の彼氏が留年したなんてカッコ悪すぎるもんな。

仕方がないので進級に向けて勉強することにした。とはいっても、学校側としても留年者を出したくはない。先生からは、進級試験では補充授業でやったことがそのまま出ることを事前に知らされていた。だから、それだけを必死で覚えて何とかクリアすることができた。

そんなギリギリ進級できたバカが、大人になって専門学校や大学で講師を務めることになるのだから、人生は本当に何が起こるかわからない(笑)。人によっては勉強ができないことが拭いきれないコンプレックスになることもあるだろう。しかし、私は一度も負い目と思ったことがない。息子たちに「勉強しろ」と一度も言ったことがない。勉強に向いていなければ、それ以外の部分を頑張ればよいのだ。