永谷正樹のなごやめし生活

「なごやめし」について書き綴ります。

今。

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私がフリーとなった'95年、出版業界ではバブルのピークを迎えていた。26歳の駆け出しの私が何とか食べていけたのもそんな背景もあったからだと思う。

当時愛読していた『宝島』と『SPA!』、『週刊プレイボーイ』の仕事がしたいと思っていた。実際に編集部を訪ね、プランを送り続けた結果、3誌すべてに写真と記事を掲載することができた。

とくに『宝島』は2000年に週刊化するまで、ジャンルを問わず本当に数多くの仕事をいただいた。グルメ取材の楽しさを知ったのも『宝島』だった。20代後半から30代前半の私の代表的な仕事と言っても過言ではない。

ただ、今思えば、カメラマンとして、ライターとして、それらの雑誌で仕事をすることはステイタス、というか箔が付くと思っていたフシがある。

しかし、今は雑誌名よりも、何をテーマに取材・撮影をするのかという方が大切だと思っている。所詮、雑誌名は肩書きに過ぎないのだ。もちろん、仕事をしてみたいと思う雑誌は沢山あるが、もう、私の専門ではないテーマはできない。専門分野であるグルメ取材で勝負できるのであれば、どんどんやっていきたい。

同業者の中には、過去、それも出版バブル期の仕事の楽しさが忘れられないのか、今でもその思い出を語る人がいる。ギャラは今よりも高かったし、経費も青天井だったので、そりゃ楽しかろう。

しかし、あの頃に戻りたいとは思わない。いや、仕事に限らず、高校時代も、学生時代も楽しかったが、戻りたいとは思わない。そう思った瞬間、今ではなく、過去を生きていることになるからだ。

人の魅力というか、その人の持つ力というのは、過去の栄光によって作られることもある。でも、それはごく少数。オリンピックのメダリストくらいのものだろう。大半の人の場合は、今何をしているか、そして、何を考えているかによって醸し出されるものだと思う。

私は今を全力で生きたい。今の自分が好きだと胸を張って言える自分でありたい。