永谷正樹のなごやめし生活

「なごやめし」について書き綴ります。

好きなことを好きなだけやって好きに生きたい。

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ふと、思った。このブログを読んでくださる読者様はいったい、どんな人なのか、と。

毎日のアクセス数はだいたい200人前後。うちFacebookからは毎日50人くらい。Twitterからは10人から15人。ということは、約135人はSNSでもつながっていない、まったくの見ず知らずの人ということになる。って、誰だよ(笑)!こんな独りよがりブログを見ているやつぁ(笑)!? たまにはコメントをくれ(笑)!

そんな中、拙ブログの読者様が7月25日開催の『メイク&フォト』イベントを申し込んでくださった。いや、正しくは、Facebookの友達の友達で、私が撮った写真に興味を持ち、ブログも読むようになったという。

ブログを読んでいるのは、むっさーい、アブラギッシュな中年野郎(笑)だと思っていただけに喜びはひとしおである。ただ、このブログを読んでいるということは、間違いなく変態、もとい、ユニークな方だと思うが(笑)。

さて、私は会社や組織に属さない、いわゆるフリーランスである。その特権として、これまですべてのことを好きか嫌いかで決めてきた。その仕事が、その人が好きだから仕事を請ける、みたいな。フリーになってまで嫌いな仕事を請ける必要はないし、嫌いな人と仕事をする必要もない。

経済的な損失を被ることなんて屁でもない。それよりもストレスを抱えながら仕事をする方が地獄だ。そんなの、まっぴらごめんである。「好きなことを仕事にしている」、とよく言われるが、写真や文章が好きなのは当然のことで、仕事の内容や一緒に仕事をする人が好きということも含めてのことだ。

それにしても、「好き」という感情はヤヤコシイというか、厄介である。「嫌い」と表裏一体ゆえに、何かの拍子に「好き」から「嫌い」になることだって多々ある。写真専門学校の同級生だって、もともとは写真が好きでカメラマンを志し、入学したのだと思う。私もその一人だ。

しかし、50人も同級生がいて、私の知る範囲で5人しかカメラマンになっていない。写真について学ぶうちに、あれだけ好きだった写真が嫌いになったから、カメラマンへの夢を断念したのだろう。

学生時代、私はシャッターを押すことに恐怖を感じたことはあったが、嫌いにはなれなかった。だからこそ、今の自分があると思っている。先日、ブログで紹介した名古屋料理界の重鎮も、

「長く仕事を続けてこられたのはさ、やっぱり料理を作ることが、お客さんに食べてもらうことが好きだからなんだよ」とおっしゃったが、まったく同感である。

好きだからこそ、もっと上手くなりたいと思う。好きだからこそ、一生懸命になれる。人生を懸けられるほど好きな仕事だから、好きなことを、好きな人と取り組みたいのだ。カネなんて、どうでもいい。好きなことを好きなだけやって好きに生きたい。ただ、それだけなのだ。