永谷正樹のなごやめし生活

「なごやめし」について書き綴ります。

2人の、時間。

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めちゃくちゃ久しぶりに雑誌の仕事が入った。お盆休みを挟むから、スケジュールもカツカツ。でも、喜んで引き受けた。その仕事をいかに完璧にこなすかを考えるあまり、ほかの仕事がまったく進んでいない。これではダメだ。ちょっと冷静にならなければ。

今日、Facebookを見ていて、ふと、気がついたことがある。見たのは、Facebookでつながっている方(女性)が海辺の波打ち際ではしゃいでいる2枚の写真。おそらく、ご主人が撮ったのだろう。それを見て、ここ最近、まったく女房と一緒に過ごしていないことに気がついたのだ。

あ、断っておくが、家庭内離婚とか関係が冷めきっているわけではない。普通に話すし、食事だって一緒に食べている。それどころか、子供たちの帰りが遅い日に、2人分の料理を作るのが面倒くさくて外食に行くこともある。あと、女房が仕事から帰ってきて、食事を済ませた後に一緒に買い物へ行くこともある。

でも、2人の時間を過ごすというのとは、ちょっと違う。仕事のことや子供のことを考えず、お互いに向き合う時間というのかな。それが、ない。女房はフルタイムで働いている上に家事もこなさねばならないし、私は仕事のことしか考えていない。とにかく、お互いに忙しすぎるのだ。

少し前までは年に1回くらいは2人っきりで遠出していた。まぁ、そんなときでも話題はどうしても子供たちのことや仕事のことになってしまうが。でも、何というか、時間を共有するということ。しょっちゅうだと鬱陶しいから(笑)、たまには。

夫婦のあり方は夫婦の数だけある。そんな中、他人からすれば、ウチはひと昔前の夫婦のように映るかもしれない。何しろ、私は家のことはまったくやらないのだから。って、自慢するようなことじゃないな。

女房は私が仕事だけに集中できる環境を作ってくれているのである。それがいつの間にか当たり前になってしまった。でも、そのおかげで本当に私は仕事だけをしている。とくに50歳になってからは脇目も振らずに仕事ばかりしている。これは当たり前のことではない。当たり前にしてはいけない。

その罪滅ぼしに、となると、私の大嫌いな家族サービスになってしまう。そうではない。感謝の気持ちなのだ。それを旅やちょっと豪華な食事というカタチで伝える。今年の夏は女房にレンズを向けてみよう。