永谷正樹、という仕事。

フードライター、カメラマンの日常を書き綴ります。

東京サラダボウル。

もう、4、5年ほど前になるだろうか。東京へ行ったときにコンビニへ入ったとき、外国人が店員として働いていた。それも1軒や2軒ではなく、滞在中に訪れたすべてのコンビニがそうだった。当時、私の地元にあるコンビニでは見られない光景だったので驚いたことを覚えている。

ところが、今やそれは当たり前になっている。出張で地方へ行ってもコンビニで働く外国人をよく見かけるようになった。コンビニだけではなく、飲食店でも。

では、今の、この状態を「外国人に仕事を奪われたー!」ってことになるのだろうか。いやいや、日本人がやりたがらない仕事を外国人に代わってやってもらっているのではないか。

実際、今の若い人たちはコンビニや飲食店でのバイトをしたがらない。私の息子たちも学生時代には接客の仕事は選ばなかった。長男は高校時代のごく短い期間にファミレスでバイトをしていたくらい。

少し前にamazonプライムで『東京サラダボウル』というドラマを見た。今年1月、NHKの「ドラマ10」で放映された作品で、サラダボウルとはアメリカ社会の多様性を表す比喩表現である。

www.primevideo.com

www.nhk.jp

以下に番組公式HPから抜粋させていただく。

“一つの言葉”への理解が、“誰かの人生”への理解に繋がれるかもしれない…。 昨今メディアに躍る“外国人犯罪・外国人事件”という言葉。犯罪が起きる事実はあっても、言葉が独り歩きすることで一部に偏見や差別を生んでいます。
これは「事件」と一括りにせず、外国人居住者の方たちの暮らしや人生に光を当て、そこに向き合う刑事と通訳人の目線で、異国で生きる葛藤に出会っていく物語です。

ドラマの中では、外国人に対する偏見について芯をつくセリフがたくさん出てくる。

私の心に響いたのは、

「ちょっといいですか。今後のために言います。外国人は働かせてやってるんじゃないです。私たちが彼らに働いてもらってるんです。日本は人口が減って子供が減って、今の社会を維持するための労働力も消費力も足りない。日本人だけじゃ、この国はもうもたないんです。外国人を無理に愛せとは言わない。でも、彼らを敵視して排除しようとしても、あなたの居場所は守れないですよ。同じ社会に生きる者として、せめて受け止めなきゃ。あなたが苦しくなるだけです。日本はもう、変わっていくんです」

というもの。

われわれの生活が苦しいのは、外国人のせいではない。人々の怒りの矛先を権力者である自分から逸らして外国人に向けさせようとする政治家がいる。これは責任放棄以外の何ものでもなく、絶対に耳を貸してはならない。日本をナチス・ドイツのような国にしてはならないのだ。