永谷正樹、という仕事。

フードライター、カメラマンの日常を書き綴ります。

“伝統”に縛られる店は、いずれ死ぬ。

私が取材する飲食店の中には、創業100年を超える、いわゆる老舗も少なくない。これまで取材した中でいちばん古い店は、創業266年。現在は8代目の店主が切り盛りしている。

「親からは店を継げとは言われなかったよ。でも、周りが僕のことを“8代目”と呼ぶから、自然と継ぐんだろうなと思っていた」

266年という時間の中で、良いことも悪いことも、語り尽くせないほどの出来事があったはずだ。そのたびに店主たちは決断を重ね、その積み重ねがあったからこそ、今も暖簾が下がっているのである。

老舗の記事で頻繁に使われるのが「伝統」という言葉だ。「創業者が作り上げた伝統の味を守る」といった表現を、私自身もこれまで何度も書いてきた。

しかし、時代とともに人々の味覚は変わるし、昔と今では調味料そのものも違う。そう考えると、創業時のレシピがそのまま現代に通用するとは限らない。

前出の店主は、7代にわたって守られてきた名物料理のレシピを変更した。相当な勇気が必要だったに違いない。客は「伝統の味」という先入観で料理を評価するかもしれないが、店主は現状に満足しなかった。その結果、店は以前にも増して繁盛している。

では、「伝統」とは何だろうか。調べてみると、

伝統とは、ある民族、社会、団体において、信仰・風習・制度・技術・思想・芸術など、古くから長い歴史を通じて培われ、世代を超えて受け継がれてきた有形無形のしきたりや規範。単に過去の形を守るだけでなく、時代に合わせて再解釈・工夫を加え、未来へ継承していく「生きた文化」の側面も持つ。

ここで重要なのは、「有形無形」という点だ。つまり、伝統には形のあるものとないものがある。そして、時代に応じて工夫を重ねながら受け継いでいくことが本質なのだ。

おそらく店主は、「味」という形そのものを伝統とは考えなかったのだろう。彼にとっての伝統とは、味の先にある「客の喜びを自分の喜びとする姿勢」だったのではないか。

もし、形だけの伝統に縛られて動けなくなっている姿を創業者が見たら、きっとこう言うはずだ。「そんなもの、お前が変えてしまえ」と。伝統を声高に語るのは、当事者よりも第三者であることが多い。そうした雑音に惑わされず、形の奥にある理念を軸に変化を続けることこそが、本当の意味で伝統を守ることなのだと思う。


※写真は、創業1888年、名古屋でもっとも歴史のあるうどん店『森田屋』(名古屋市東区)の「味噌煮込みうどん」。