永谷正樹、という仕事。

フードライター、カメラマンの日常を書き綴ります。

仕事と裁判のあいだで。

今日は朝から夕方までずーーーっと撮影だった。

照明機材を設営して三脚にカメラを固定する料理の撮影ではなく、某県の某所での記録撮影。標準ズームと望遠ズームを付けた2台のカメラを両肩からぶら下げて、あちこち走り回った。

現場は屋外で、昼過ぎまでは汗をかくほど暖かく、ダウンジャケットを脱いで撮影していた。ところが15時を過ぎた頃から風が強くなり、一気に冷え込み、寒さに凍えながらの撮影になった。

帰宅してからもしばらく震えが止まらず、仕事場のエアコンを全開にして、ソファで毛布にくるまって横になっていたら、やっと落ち着いた。

ヘトヘトだったが、今日中に写真を現像して送信しておかないと、明日からまた撮影が続く。未処理のデータを溜めるわけにはいかない。

それに加えて今日、裁判所から、私が提出した証拠を説明する「証拠説明書」を出すよう連絡があったので、それも並行して進めた。体はヘトヘトなのに、頭のどこかではずっと裁判のことを考えている。仕事と裁判が同時に進むこの感覚には、なかなか慣れない。

あ、ちなみに裁判は明後日18日(水)10時半から名古屋地方裁判所で行われる。第1回目なので、双方の主張を伝えて争点を整理するだけだが、それでも当事者にとっては重い時間だ。

最近、会う人会う人に「18日、裁判ですね」と声をかけられる。今日も撮影先の担当者から言われた。関心を持ってもらえるのはありがたい反面、「ああ、本当に現実なんだな」と改めて実感させられる。

本音を言えば、こんなことはさっさと終わらせて、目の前の仕事だけに集中したい。裁判は想像以上に時間も気力も削られる。原告であっても、消耗することに変わりはない。

それでも、ここまで来た以上、中途半端な形で引き下がるつもりはない。この一件をきちんと終わらせることも、今の自分の仕事の一部なのだと思うようにしている。

正直、ずっと続くと考えると気が滅入る。でも、目の前の仕事を一つずつ片づけながら進むしかない。

さぁ、これからクライアントへ写真を送信しよう。明日もまた忙しい一日になる。余計なことは考えず、今日は熱い風呂に入って体を休めることにする。

国家権力 VS 肛門括約筋

先週金曜日、刈谷での打ち合わせから名古屋高速で帰る途中、スピード違反で捕まってしまった。

理由は単純。腹が痛かったのである。

知立バイパスから星崎インターへ入ったあたりで、急に腹の様子がおかしくなった。一刻も早くトイレに駆け込みたい。自宅からいちばん近いのは楠インター。そこまで持てば、降りてすぐのコンビニで救われる。

そう信じて走るしかなかった。

ところが途中で何度も何度も腹の中でビッグウェーブが押し寄せる。そのたびに冷や汗をかきながら、私は肛門括約筋を全力で締め上げる。運転というより、ほぼ精神修行である。

ぐるっと環状線を回って楠線へ入り、黒川インターを過ぎた。あとは一直線。もう勝ったも同然である。そう思った瞬間、後方でサイレンが鳴った。

嫌な予感しかしない。

パトカーに先導されて非常駐車帯に停車。「スピード出しすぎ」と言われ、パトカーへ。言われるがまま免許証を提示するが、こっちはそれどころではない。

世間はDXだAIだと言っているのに、交通違反の反則キップはいまだに手書き。この時間が永遠に感じる。私は尻が筋肉痛になりそうなほど括約筋を締め続けていた。

「言い訳にならないのは承知ですが、腹が痛くて……早めにお願いできませんか」

必死の訴えに対し、「急ぎます」と言うものの、動きは実に丁寧だ。こっちは冷や汗から脂汗に進化しているというのに。

ようやく書類が終わり、反則金の説明を受けるが、内容は一切頭に入らない。今の私に必要なのは法律知識ではなくトイレだ。

ふと気になって、おまわりさんに聞いた。同じ状況ならいったいどうするのか。

「法定速度で走って、近くのインターで降りますね」

模範解答だった。正論すぎて反論の余地もない。

幸い捕まった場所は楠インターのすぐ手前。解放された私はコンビニへ飛び込み、人としての尊厳を守ることができた。

腹痛が治まると、ようやく冷静になった。反則金は3万5千円。半日近くの撮影料が吹き飛んだ計算だ。正直、むちゃくちゃ痛い。

こんなことなら、パトカーの中で思いっきり漏らしてやればよかった。その場合、公務執行妨害になるのだろうか。

いや、たぶん別の意味で一生忘れられない違反記録になっていただろう。

“伝統”に縛られる店は、いずれ死ぬ。

私が取材する飲食店の中には、創業100年を超える、いわゆる老舗も少なくない。これまで取材した中でいちばん古い店は、創業266年。現在は8代目の店主が切り盛りしている。

「親からは店を継げとは言われなかったよ。でも、周りが僕のことを“8代目”と呼ぶから、自然と継ぐんだろうなと思っていた」

266年という時間の中で、良いことも悪いことも、語り尽くせないほどの出来事があったはずだ。そのたびに店主たちは決断を重ね、その積み重ねがあったからこそ、今も暖簾が下がっているのである。

老舗の記事で頻繁に使われるのが「伝統」という言葉だ。「創業者が作り上げた伝統の味を守る」といった表現を、私自身もこれまで何度も書いてきた。

しかし、時代とともに人々の味覚は変わるし、昔と今では調味料そのものも違う。そう考えると、創業時のレシピがそのまま現代に通用するとは限らない。

前出の店主は、7代にわたって守られてきた名物料理のレシピを変更した。相当な勇気が必要だったに違いない。客は「伝統の味」という先入観で料理を評価するかもしれないが、店主は現状に満足しなかった。その結果、店は以前にも増して繁盛している。

では、「伝統」とは何だろうか。調べてみると、

伝統とは、ある民族、社会、団体において、信仰・風習・制度・技術・思想・芸術など、古くから長い歴史を通じて培われ、世代を超えて受け継がれてきた有形無形のしきたりや規範。単に過去の形を守るだけでなく、時代に合わせて再解釈・工夫を加え、未来へ継承していく「生きた文化」の側面も持つ。

ここで重要なのは、「有形無形」という点だ。つまり、伝統には形のあるものとないものがある。そして、時代に応じて工夫を重ねながら受け継いでいくことが本質なのだ。

おそらく店主は、「味」という形そのものを伝統とは考えなかったのだろう。彼にとっての伝統とは、味の先にある「客の喜びを自分の喜びとする姿勢」だったのではないか。

もし、形だけの伝統に縛られて動けなくなっている姿を創業者が見たら、きっとこう言うはずだ。「そんなもの、お前が変えてしまえ」と。伝統を声高に語るのは、当事者よりも第三者であることが多い。そうした雑音に惑わされず、形の奥にある理念を軸に変化を続けることこそが、本当の意味で伝統を守ることなのだと思う。


※写真は、創業1888年、名古屋でもっとも歴史のあるうどん店『森田屋』(名古屋市東区)の「味噌煮込みうどん」。

店主自らメシを不味くする店。

※本文と写真はいっさい関係ありません

今日は刈谷市で新規案件の打ち合わせだった。

その前に昼食を済ませておこうと思い、以前からブックマークしていた食堂へ向かった。

12時前に着いたおかげで待ち時間なしで入店でき、カウンター席へ案内された。海老フライとひれかつの定食を注文し、スマホを見ながら料理を待っていたそのときである。

「チョロチョロするな!さっきも言ったばかりだろ!そこへ座っとれ!」

突然、怒鳴り声が店内に響いた。あまりに唐突で、思わず身体がビクッと反応した。てっきり客が自分の子どもを叱っているのかと思ったが、声はカウンターの向こう、厨房からだった。店主が自分の子どもを怒鳴っていたのである。

子どもは3、4歳くらい。そんな年頃の子がじっとしていられるわけがない。事情はあるのだろうが、店の中を動き回るのが困るなら、最初から連れてこなければいい。

さらに驚いたのはその後だ。昼時になり、客が次々と入ってきた。店のドアは手動式で、閉め忘れる客もいる。そのたびに店主が怒鳴る。

「ウチの店、ドアは手動なんだわ!開けたら閉めんかい!」

客商売とは思えない強い口調だった。客は自分に向けられた言葉だと思わなかったのか、店主の怒号をスルーしてそのまま席へ向かう。すると店主はさらに声を荒げる。

「閉めろって言ってんだろ!言葉が通じないのか!」

私はまだ料理を待っている最中だった。口を動かす暇があるなら手を動かせばいいのに、と正直思った。というより、私はいったい何を見せられているのだろう。

やがて料理が運ばれてきた。海老フライもひれかつも火が通り過ぎていて、出来は今ひとつだった。いや、たとえ絶品だったとしても、この空気の中では旨いはずがない。

お客様は神様ではない。それは重々承知している。だが、店主自身が店の空気を悪くし、料理まで不味くしてしまう光景を見るのは、長いフードライター人生でも初めての経験だった。

外食は味だけでなく、その場の空気ごと味わうものなのだと、改めて思い知らされた。

愛知の未来をカジノに賭けるな。

1990年代、編集プロダクションで働いていた頃、仕事の半分、いや、それ以上はファッションヘルスやソープランド、キャバクラなど風俗店の取材だった。

今思えば信じられない話だが、当時の名古屋は条例が緩く、風営法に抵触しなければ新規参入が可能だった。新しい店は雨後の筍のように乱立し、最盛期には200軒を超えていたらしい。

風俗嬢とアイドルをかけ合わせた“フードル”という造語まで生まれ、名古屋の風俗嬢が情報誌のグラビアを飾ることも珍しくなかった。

東京から来た編集者は皆、ある点に驚いていた。オフィス街のすぐ近くに風俗店が並んでいることだ。

「もし東京なら住民運動が起きますよ。名古屋では反対はないんですか?」

そう聞かれたことがある。

オフィス街は昼こそ人であふれるが、住民は少なく、夜や週末はゴーストタウンになる。だから反対運動も起こらない。要するに「自分の家の近くは嫌だが、職場の近くなら構わない」という感覚なのだ。

もともと名古屋人は、私も含めて地元意識が薄いと言われる。大阪では阪神、福岡ではソフトバンク、札幌では日ハムの帽子をかぶった人をよく見かけるが、名古屋でドラゴンズの帽子は驚くほど少ない。それだけでも土地への帰属意識の違いがわかる。

なぜこんな話を書くのか。

今日2月12日、愛知県の大村秀章知事が、中部国際空港とその周辺へのカジノを含む統合型リゾート(IR)の誘致を検討していると明らかにしたからだ。

理由は「IR整備によって国際観光都市を実現し、県経済を活性化させ、若年層の東京流出を防ぐため」だという。

しかし、若年層の東京流出は他都市と比べれば決して多くない。愛知県には自動車産業をはじめとする製造業があり、就職先は豊富だ。大学や専門学校も多く、高校卒業後に地元へ残る若者は少なくない。

それでもカジノで雇用を生もうという発想は、率直に言って短絡的だ。少なくとも私は、自分の息子たちにカジノ関連の仕事を勧めたいとは思わない。たとえ待遇が良くてもだ。

「国際観光都市」という言葉は響きがいいが、要するにバクチで外貨を稼ぐということだ。それが日本という国の進むべき方向なのか、私は疑問に思う。

もし投資するなら、その資金を製造業や最先端技術の研究をしている大学への支援に回すべきだ。その方が10年、20年先の愛知県の未来は、はるかに明るいはずだ。

常滑沖にカジノができ、ギャンブル依存症や治安悪化といった問題が起きても、その頃には責任を取るべき政治家はいない。問題が表面化する頃には任期を終えているからだ。

だからこそ、今ここで考える必要がある。地元意識が薄いと言われる名古屋人、愛知県民であっても、未来の街の姿だけは無関心でいてはいけない。

カジノ誘致の是非は、他人事ではない。これは、この土地で生きる私たち自身の問題なのだ。

親が楽しそうに生きている、それだけでいい。

今日は福田ちづるさん(↑写真)と、YouTube配信動画『福田ちづると永谷正樹のもーやっこTV』の収録だった。

もともとちづるさんは仲の良い友人で、仕事のこともプライベートのことも関係なく、何でも話す仲である。以前、彼女からこんなことを言われた。

「ナガヤさんは上手に子育てしてる」

たしかに長男も次男も、私と同じようにオノレの人生を自由に生きている。とはいえ、私や女房がそう仕向けたわけではない。二人とも自分で選んだ道を歩いているだけである。

私が子育てで意識していたことは二つある。まず一つは、「勉強しろ」と言わないことだ。

私自身、親からそう言われた記憶がほとんどない。仮に言われたところで、素直に従ったかどうかは怪しいものだ。机には向かうかもしれないが、心の中まで親が支配できるわけではない。だったら、自主的にやるまで放っておけばいい、というのが私の考えだった。

そもそも、子どもが勉強するかしないかは、私にとって最重要事項ではなかった。「勉強しろ」と言う親の気持ちは理解できる。いい学校に入り、安定した企業に就職し、幸せになってほしいという願いなのだろう。

しかし、幸せになる道は一つではない。私は高卒で低所得だが、十分に幸せである。

現実には、難関校を出て一流企業に勤めていても不幸な人はいくらでもいる。つまり、幸せは経済的な豊かさだけでは決まらないということだ。

私が考える幸せとは、自分の心に描いた理想に対して妥協せずに生きることだ。もちろん簡単な話ではないし、100%やり切るのは難しい。それでも100%に近づこうとする努力はできる。

そして、たとえ10%しか実現できなくても、できなかった90%を悔やむのではなく、できた10%を面白がる。その感覚こそが、幸せの正体だと思っている。

もう一つ、子育てで心がけたのは、仕事の辛さよりも楽しさを子どもに語ることだ。私はずっと、「大人になって働くのは楽しいぞ」と言い続けてきた。

子どもが社会に出るときに、親が先回りして不安を植え付ける必要はない。辛い現実については、普通に生きていれば嫌でも思い知るものだ。

それよりも、親が自分の人生を自由に、楽しそうに生きている姿を見せるほうがよほど効く。その背中を見て育つこと自体が、社会で生き抜く力になるのだと思う。

子どもは――いや、私の息子たちはもう成人しているから「子ども」と呼ぶのは少し違う。若者には無限の可能性がある。それを伸ばすのは、親であり、同時に社会の役目でもある。

結局のところ、親にできることはそれほど多くない。ただ、自分の人生を納得して生きること。その姿を見せること。それが、子どもへのいちばん率直で、いちばん強いメッセージなのだと思っている。

引き寄せられるのは、作り手の熱量。

モノを作って売るには、購買層のターゲットを絞り、販売戦略を立てる。いわゆるマーケティングが必要なのは間違いありません。

しかし、私がいちばん大切だと思うのは、商品に対する作り手の思いや愛情――つまり熱量です。

「ヒット商品を作ってひと山当てたい」という野心よりも、「この商品で人の心を少しでも豊かにしたい」というピュアな気持ちに、人は自然と引き寄せられるのだと思います。

私のフードライターとしての行動原理は単純です。おいしいものに出会うと、自分だけで味わうのはもったいない。もっと多くの人に伝えたい。それだけです。

作り手からこだわりや料理への思いを聞くと、その感動はさらに大きくなります。その気持ちが、文章を書き、写真を撮る原動力になります。

とくにモノを作る人は愚直です。昨日の記事で紹介した『つけめん舎一輝』の杉浦さん、『濃厚中華そば 佐とう』の佐藤さん、『きさん』の都築さんも例外ではありません。面倒な作業を当たり前のルーティンとして積み重ねています。

佐藤さんを初めて取材したとき、名物の「チャーシュー中華そば」の話に驚きました。

チャーシューは豚バラ肉のブロックをスライスします。同じブロックだけを使えば、赤身と脂の割合はどうしても偏ります。以前『スガキヤ』で食べたラーメンは、5枚すべてが脂8割、赤身2割だったことがあります(笑)。

佐藤さんはこう言いました。

「赤身が多くても脂が多くても味が変わってしまうので、別のブロックからスライスしたものを組み合わせています。その作業だけで1時間近くかかります」

思わず私は言ってしまいました。「佐藤さん、変態ですよね?」と。初対面で(笑)。

しかし、それこそが佐藤さんのスタイルです。“ラーメンの鬼”と呼ばれた佐野実さんの言葉を借りれば、「一杯のラーメンに魂を込める」ということなのでしょう。

これからも私は、愚直にモノ作りを続ける人を追いかけ、その熱量をできるだけ多くの人に伝えていきたいと思っています。