永谷正樹、という仕事。

フードライター、カメラマンの日常を書き綴ります。

カメラバッグの旅。

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写真を生業としてから30年以上、いろんなカメラバッグを使ってきた。

若かりし頃は、ショルダータイプのバッグ2つにそれぞれカメラとレンズ、照明機材を入れて、さらに三脚とライトスタンド、アンブレラなどの長物を入れたケースを持ち歩いていた。

今、そんなことをしたら、肩と腰がヤラれて、翌日は仕事にならないと思う。30代後半あたりから、キャスター付きのローラーバッグに替えた。

とはいえ、当時はフィルムも使っていたので、いちばん大きなタイプのものを使っていた。取材先がエレバーターのないビルの中だと泣けてきた。

デジタルの時代となってもカメラバッグ選びは、身体に負担がかからないものという基準は変わっていない。

これまで4つのローラーバッグを使ってきた。しかし、どれもカタログ上のスペックを見て、「これならイケる!」と思って買ったものの、実際に使ってみるとしっくりとこないことが多かった。

つい、最近まで使っていたのは、ロープロというブランドのローラーバッグ。ローラーバッグの多くは、タイヤは2輪。斜めに傾けて引っ張りながら移動するスタイルである。

私が買ったのは4輪。スーツケースのように転がしながら移動できると思ったのだ。ところが、タイヤにベアリングが入っていないのか、転がり方が今ひとつ。転がすというよりは、押さねばならない。これなら引っ張ったほうがマシだ。

で、ずっと欲しいと思っていたものの、手が出なかった『thinkTANKphoto(シンクタンクフォト)』というブランドのAirport Roller Derby(エアポートローラーダービー)というモデルを買った。

いや、手が出なかったというよりは、手が出せなかったのが正しい。何しろ、安物のローラーバッグが何個も買えるような値段なのだ。でも、安物を短いスパンで買い換えるよりも、高くても長く使えるものを買おうと思ったのだ。

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実際に普段よく使う機材を入れてみた。カメラボディ2台とレンズ4本、照明機材が4灯。ワイヤレスでストロボを光らせる無線機2台と予備のバッテリー、予備のSDカード、露出計も入った。

まだ自宅の床でしか試してないが、タイヤの転がりも悪くはない。このカメラバッグを長年続けてきた「カメラバッグの旅」の終着地としたい。

これまで買いまくったカメラバッグは、次男に頼んでメルカリに出品してもらった。条件は売上の半分。価格については次男におまかせ。価格を決めるには、メーカーや型番から相場を調べなければならないし、送料も考慮せねばならない。次男にとって商売の勉強になると思ったのだ。結果が楽しみだ。

ネスカフェ。

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女房とのLINEは、絵文字やスタンプはおろか、「!」や「♪」、「♡」などの記号すら使わない。あ、「?」は使うかも。女房が、ね。

「今夜は家で夕飯を食べますか?」って。で、私はひと言、「はい」みたいな。

LINEでのやりとりは極めて事務的。まぁ、結婚して25年以上も経てばこんなもんだろう。よその家は知らんけど。

先週の土曜日のこと。女房は18時まで(月〜金は19時まで)仕事で、土曜日の夕飯は外食へ行ったり、お弁当を買ってきたりすることが多い。この日は、次男のリクエストで『すき家』のテイクアウトになった。

で、女房からこんなLINEが届いた。

「すき家に行きます。あちらのメッセージにリクエストの返信をお願いしますネスカフェ」

「あちらのメッセージ」というのは、家族間のショートメールである。そこに買ってきてほしいものを書いてリクエストしてほしいということ。いや、それはどうでもよい。

「お願いしますネスカフェ」って、何だ!?

ネスカフェ。ネスカフェ。ネスカフェ……。

「よっこいしょういち」とか、「許してちょんまげ」的な昭和の死語を使ったネタなのか!?それにしてはパンチが弱い。私は、

「わかりましたネスカフェ」と、返信しておいた。

それを見た女房は、「どうしてネスカフェ!?」と思ったらしい。そして、自分が送ったメッセージを見て気がつき、一人、車の中で大爆笑していたという。

どうやら、「お願いします」と入力して、その後に「ね」を打とうとしたら、予測変換で出てきた「ネスカフェ」に気づかずにそのまま送ったようだ。

以来、私と女房がLINEで連絡を取り合うときは、語尾に「ネスカフェ」が付くようになった。まぁ、どうでもいい話だけど。

自爆飯テロ。

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今日、女房は仕事が休み。フルタイムで働いているので、買い物へ行くと、いつも2〜3日分の食材をまとめて買う。

「今夜、何が食べたい?」と、聞かれたので、頭の中でパッと浮かんだ「鶏むね肉を使ったチキンカツ」をリクエストした。続けて、

「明日は?」と、女房。いやいや、明日のことまでは考えられない。しかも、昼食を撮った直後でお腹いっぱいの状態だし。ってことで、明日以降の献立は女房に任せることにした。

仕事場へ戻って、原稿書きの続きをすることに。午前中から書いていたのは、ある媒体で紹介する味噌おでんについての原稿。

味噌おでんの発祥や特徴などをネットで調べていて、このブログでも味噌おでんについて書いたことがなかったのかと思い、検索窓に「味噌おでん」と書いてポチッとな。

すると、ヒットしたのが↓この記事。

nagoya-meshi.hateblo.jp

2年前に出席させていただいた名古屋・伏見『島正』の創業70周年パーティーについて書いたブログ記事だった。

ブログトップの写真を見た瞬間、満腹のはずなのに、無性に味噌おでんが食べたくなった。しかも、自分が撮った写真である。これでは自爆飯テロではないか(笑)。いや、そんなことはこの際どうでもよい。私はすぐさま女房に、

「明日と明後日は、おでんが食べたーい!」と、リクエスト。

ところが、おでんはいつも休みの日の昼から作り始めなければならないほど手間がかかるそうなので、今週末までオアズケ状態。おでんの受け入れ体制は完璧だったのになぁ……。

白メシの上にのせた味噌おでんの玉子をグチャグチャに潰して、その上から“追い味噌”をして掻き込みたい!

足裏の痛み。

ふぅ……。今日は原稿を1本書き終えることができた。

今月中に〆切の原稿は残り1本、と思いきや、『GOOD EAT CLUB』が動き出した。

できるだけ早めに店3軒と商品4品、計7本の原稿を書かねばならない。まぁ、文字数が少ないし、紹介するのはよく知っている店と商品なので大丈夫だろう。

今週は休みがとれなかったので、来週はどこかでカメラを持って出かけてリフレッシュしたい。

話は変わるが、今年1月から患っていた足底腱膜炎の症状が和らいできた。つまり、足裏に痛みをあまり感じなくなってきたのである。

今年1月に病院へ行ったとき、医師からは「安静にしてください」と言われたが、仕事もあるし、寝ているわけにはいかない。痛みがあってもフツーに生活していた。

とくに病院に通ったり、薬を飲んだりしていたわけでもない。外出時は足裏を締め付ける靴下や土踏まずの部分にシリコンがあるサポーターなどを付けていたくらい。正直、これらを使っても痛かったので、効果があるのかどうかもわからなかった。

とくに痛いのは、朝、目が覚めて、布団から立ち上がった瞬間。しかし、ここ1週間ほどは痛みがほとんどないのだ。このまま治ってくれればよいのだが。

できれば、来月下旬の沖縄出張までには完治させたい。沖縄にはあまり行く機会がないので、自腹で余分に1泊するのだ。そのときに沖縄の街を歩きまわりながら写真を撮りたい。

今夜から足裏のストレッチやマッサージをしてみようかな。

匿名が犯す罪。

ここ4日間ほど、ブログに写真を載せていない。適当な写真がないというのもあるが、あえて載せなかったらどうなるかという実験的な意味もある。

案の定、アクセス数は激減(笑)。やはり、ブログは写真が重要であることがわかった。まぁ、当たり前だわな。

今日も写真は不掲載。どうせアクセス数が少ないので、普段あまり触れないことをテーマに書いてみる。

それは、ペンネームのこと。私はほとんどペンネームを使ったことがない。『週刊アサヒ芸能』の連載企画で有名ラーメン店の覆面取材をしていたことがあった。そのときだけ「メタボ亭麺楽」(笑)を名乗っていた。

本名を使っているのは、しっくりとくるペンネームが浮かばないからだ。本名を明かして発言する(書く)ということは、責任を伴う。本名を名乗っているのは、その覚悟があるから、と書くとジャーナリスティックな感じがするだろう。

あくまでもそれはタテマエで、ネット上で本名を晒してデメリットなことがあればネタになるかもしれないというのが本音だ。まぁ、今のところは何もないけどね。

逆にペンネームであれば、別人格になりきって、好き勝手に書くことができる。自分こそが正義であり、世のため人のために正義の鉄槌を下すのだ、というのが今のネット上の言論である。

とくに非道いのは、今月26日に結婚される眞子内親王と小室圭さんへのバッシング。ヤフコメには見るに堪えない罵詈雑言で埋め尽くされている。

この事態に芸人のスマイリーキクチさんは、毎日新聞のインタビューで「一億総いじめっ子」と語った。彼自身もネット上で凶悪事件に関与したと根も葉もないデマや中傷に苦しみ、ネット上のモラル向上の啓発活動をしている。

記事のリンクを貼り付けておくので、是非ご一読いただきたい。

mainichi.jp

眞子内親王の結婚に誹謗中傷を浴びせているヤカラの多くは、「皇室を敬愛している」と書いている。「愛しているからこそ、やむなく書いているのだ」と受け止めることもできる。

しかし、これでは中国の「国を愛することから行われるならば罪にはならない」を意味する「愛国無罪」と変わらないではないか。

かつて美智子上皇后が皇后だった頃にも週刊誌からバッシングされ、そのショックで声を失った。雅子皇后もまた皇太子妃時代にバッシングを受けた。2003年から療養されている適応障害のご病状が回復したという話も聞かない。

先日、眞子内親王も複雑性PTSDを患っておられるとの発表があった。それでもバッシングは止むどころか、拍車がかかっている。まさに「一億総いじめっ子」であり、集団リンチだ。

芸能人が週刊誌の記事で名誉を傷つけられたとして法的手段に出ることは珍しくはない。しかし、皇族の場合は反論できない立場にある。そんな環境ならば、誰でも病気になる。アクセス数が稼げると憶測に基づいた記事を垂れ流すメディアの責任も大きい。

バッシングするヤカラは本当に皇室を敬愛しているのだろうか。甚だ疑わしい。敬愛していたとしても、匿名でボロカスに書くのは日本人にあるまじき蛮行ではないのか。

「汗水流して働いて納めた税金が使われるのが我慢ならない」と、国民主権を盾にして書くヤカラも多い。皇室はサービス業か!

さまざまなイベントや式典で挨拶したり、被災地を訪問したりすることだけが皇室の役割ではない。もっとも重要なのは、「祈り」である。1年365日、たった1日も欠かすことなく、国民の幸福と繁栄を祈ってくださっているのである。だから尊いのだ。

私は日本人として、眞子内親王のご病気の回復と幸福な結婚生活を祈らせていただく。

ライターの真価。

超難関の原稿を完成させた!いやー、ここまでの道のりは長かった。

どうしても納得が行かず、書いては消し、書いては消しを何度も繰り返した。書く手が完全に止まることもあり、気分転換にTwitterを開いた。

「1日5000字は書けなきゃライターとしてやっていけない」

というツイートを見て考えてしまった。3000文字強の原稿を書き終えるまで3日間もかかってしまった。私はライターとして失格なのか、と。

そりゃ遅いよりも早い方がイイだろう。1文字いくらかの文字単価で仕事を請ければ、文字数やスピードが求められるのは理解できる。書けば書くほど利益が上がるのは、文字単価の仕事をしていない私にとっても同じだ。でも、ライターの真価は書くスピードなのだろうか。

私にとって、書くスピードは〆切に間に合えばよいと思っている。それよりも自分が書いた文章は、必ず誰かが読むわけで、きちんと伝わることを第一としている。そこにライターとしての真価が問われるのだと思う。

さて、苦労すればするほど書き終えた後の爽快感は格別なわけで、明日は一人打ち上げだ!と言いたいところだが、まだ書かねばならない原稿が2本もある。そろそろ月末なので、経費の精算や請求書も送らねばならない。

ってことで、土日も仕事。週が明けたらのんびりしようかな。

選挙権のある高齢者の今か?選挙権のない子供の未来か?

今月末、衆院選が執り行われる。

投票所へ足を運び、票を投じるのは、若者よりも圧倒的に高齢者が多い。そのため、政治家たちは票欲しさに高齢者に耳障りのよいことばかりを言う。

もちろん、医療や福祉など改善すべき点は多々あるだろう。

一方、私はフリーランスという不安定な立場で仕事をしている。政党の中には、フリーランスが安心して働ける環境を整備することを訴えているところもある。

その政党に投票すれば、少しは変わるかもしれない。

でも、10年先、20年先のことを考えたとき、本当にそれでよいのだろうか。

国際競争に敗れ、平均賃金が韓国に抜かれたのは、ずっとその場凌ぎの政治を国民が許してきたツケではないのか。

この国には、資源がまったくない。あるかもしれないのは、技術力のみ。ただ、世界に通用する分野はごく一部にすぎないが。

国際競争に打ち勝つような技術力は、優秀な人材があってこそ。そのためには、今の教育制度を根本的に見直す必要がある。

そもそも、子供が将来の夢を描けないような、いや、6人に1人の子供が食事をまともに摂っていないような国はすでに終わっている。その事実を有名大学を卒業した、優秀なはずの政治家や役人は気づいていないのだろうか。

まずは、金持ちだけではなく、貧乏人も平等に学ぶ機会を与える。貧しいことを理由に、磨けば光るダイヤを原石のままで終わらせてよいわけがない。

技術力は、何もITや工業技術だけではない。文学や芸術、スポーツなども含めた、ありとあらゆる分野において、10年、20年かけて、スーパーエリートを育成するのだ。

そうすれば、必ずこの国は復活する。

選挙権のある高齢者の「今」ではなく、選挙権のない子供の「未来」を考えている政党や政治家は存在するのだろうか。存在するのであれば、私はそこに票を入れたい。