永谷正樹、という仕事。

フードライター、カメラマンの日常を書き綴ります。

次男、ライターになる。

読者様に、ずっと黙っていたことがある。
川崎で暮らしている次男のことだ。

次男は新卒で入社した会社を辞めた。
昔のように終身雇用でもないし、ストレスを抱えながら働いて心や身体を壊すくらいなら、別の道を選んだ方がいい。

それに、社会不適合者の私の息子ゆえ、会社勤めが向いているとも思えなかった。
まだ20代だ。何度でもやり直せる。会社を辞めることくらい、どうということではない。
大事なのは、自由に、好きなように生きることだ。

昨年11月、次男が帰省したときのこと。
神妙な面持ちで、私と女房にこう告げた。

「ライターになりたい」

実は以前から、次男には契約社員で編集の仕事に就くか、フリーランスでライターになる道を勧めたことがあった。
とはいえ、それを決めるのは本人だ。決して無理強いはしなかった。

決断するまでに、1年以上はかかったと思う。
きっと、いろいろ考えていたのだろう。

私は、お世話になっている『おとなの週末』の編集担当、戎さんに経緯を話した。
すると、

「若い人が出版業界に興味を持ってくれて嬉しいです」

と喜んでくださり、東京で次男と会ってくださった。
そして、まずはwebのライターとして育ててくださることになった。

とはいえ、私の息子だからといって、無条件に仕事がもらえるほど甘い世界ではない。
まずは企画を提案し、それを通すところから始まる。

企画の相談にも乗ったし、私が実際に書いた企画書も見せた。
次男は見よう見まねで何本か企画書を書き、そのうちの一本が採用された。

もちろん、企画書がそのまま通ったわけではない。
戎さんと話し合いながら内容をブラッシュアップしたはずだ。
そうしたやりとりも、これから企画を考えていく上で、きっと参考になったと思う。

しかもありがたいことに、戎さんは次男に、取材先へアポを取り、取材・撮影をして記事を作成するよう指示してくださった。

前にもブログで書いたが、webメディアの場合、客として店を訪れ、その感想だけで記事を書くケースも少なくない。
しかし今回はそうではなく、取材で聞いた話をまとめて記事にするという、いわば正攻法のプロセスを踏ませてくれたのだ。

私は仕事で使っている、グルメ取材の質問事項が書かれた「取材データ用紙」を送り、取材前に自分なりの質問を整理しておくように伝えた。

そして3月5日、次男が初めて取材・撮影した記事が公開された。

otonano-shumatsu.com

読者の皆様、どうか温かい目で見守ってやってください。

そして編集担当の戎さん、本当にありがとうございました。
まだまだ至らぬ点も多く、ご迷惑をおかけすることもあると思いますが、これからも次男をよろしくお願いいたします。

まだライターとして第一歩を踏み出したばかりだが、親として、そしてライターの先輩として、やれることはやってやろうと思っている。

「食」をテーマに書く理由。

カメラマン、ライターとして「食」にテーマを絞ったのは、『おとなの週末』の仕事を始めた2002年頃からだ。

私自身、食べることが好きということもあるが、いちばんの理由は、記事を見た人が幸せな気分になれるからである。

実際、食べ物の話は初対面でも会話の糸口になる。共通のお気に入りの店でもあれば、話題が尽きることはない。

食は、人と人を結ぶ架け橋なのである。

しかし、地震や洪水などの災害や、新型コロナのような疫病が起こると、フードライター、カメラマンとしての自分の無力さを実感する。

そして今、世界はどうにもキナ臭い。

同盟国であるにもかかわらず、「貴国の行いは国際法違反であり、支持することはできない」と面と向かって言えない者が、この国の指導者に君臨している。

そんなものは、もはや同盟国ではない。
植民地ではないか。

戦争の足音が近づくと、まず自由にものが言えなくなる。

民衆の意見を聞き、それを政策に反映させるのが政治家の役目であるはずだ。たとえそれが、都合の悪い意見だったとしても。

しかし、その言論を支持者に潰させたり、訴訟を起こしたりして封殺している政党もあるというから、呆れるばかりだ。

言論・表現の自由を担保に活動しているのは、カメラマンやライターだけではない。
画家、音楽家、作家、役者……あらゆる表現者も同じである。

私は、いくらお金を積まれてもプロパガンダには協力しない。
カメラマン、ライターとしての生き方に反するからだ。

おそらく、これから政府の御用学者や御用評論家たちは、メディアを通して、国際法を犯しイランを空爆したアメリカの正義を力説するだろう。

コメンテーターとして番組に呼ばれた芸能人もそれに同調し、世論の空気は作られていく。

イランの側にも正義はある。
どちらも正しく、どちらも間違っている。
それが戦争である。

言論・表現の自由を担保に活動しているすべての表現者は、右や左の思想を超えて、戦争反対の声を上げるべきだ。

自分で自分の首を絞めないためにも。

「愛してます」と言ってみた。

伸び放題で白髪が目立つ髪を切りに行き、昨日の定期検診のあと現場へ向かったため受け取らなかった薬をもらいに処方箋薬局へ。

それだけで午前中いっぱいかかってしまい、仕事のやる気はナッシング。ということで今日はオフにした。

本当に何もやらなかった。

スマホの漫画サイトで漫画を読んだり、ネトフリやTVerでドラマや映画を観たり。疲れたらソファでうたた寝したり。

まったくもって、ダメ人間の休日じゃん(笑)。

うたた寝からマジ寝(?)に入ったところで、仕事を終えた女房が帰宅した。

夕飯の準備をしている女房に、
「お帰り。愛してます」
と言ったら、仕事で疲れ果てて生気を失っていた目が輝きを取り戻した(笑)。

2、3秒の沈黙のあと、
「ただいま。愛してます」
と女房。

まさかそう来るとは思わなかった。

素直に「ありがとう」と言えばよかったのに、照れくさくてつい、
「本当かなぁ」
と返してしまった。

あー、やってもうた(笑)。

あらゆる人や事、ものに感謝をすることを心がけて生きる。

今年の目標として掲げた「ありがとうの1年」を実践しているが、その一方で、嫌なことやムカついたことがあると悪態をつきまくっている自分にも気づいた。

これでは、いくらポジティブな思念を抱いても、ネガティブな心で相殺されてしまう。

「怒りのピークは6秒ルール」というアンガーマネジメントもある。

しかし、怒りという感情も人間に必要だからこそ備わっていると考えると、それをやり過ごすのはいかがなものかと思ってしまう。心や身体に無理が出る気もする。

ときとして怒りはエネルギーになる。シンドイけど。

私の場合、怒りのエネルギーを持続させることはできない。

せいぜい起爆剤程度。悪態をつけばほぼ解消する。誰かに怒りをぶつけるわけでもないし、仕事場か車の中で叫ぶ程度なので、誰も傷つけない。

悪態をつくよりも、感謝の気持ちが量的に上回ればよいのだ。

だから、さっき女房に「愛しています」と言った。

目は輝かなかった。

やはり、1日2回はダメだな。

 

※写真は、最近地元にオープンした『担々麺処 三月』の「担々麺」。担々麺専門店があちこちで開店している。間違いなく、担々麺の再ブームが来ていると思う。私、先見の明があると思わん(笑)?

焼津取材の帰り道、清水で少し寄り道。

今日は朝イチで定期検診。その足で、webメディアの取材のため静岡・焼津へ向かった。

取材先で、こんな言葉をかけていただいた。

「ナガヤさんが書かれた記事、拝見しました。読んで元気をもらえました」

嬉しいやら、恥ずかしいやら。思わず照れてしまった。

40代までは、主にグルメ雑誌『おとなの週末』などで、ひたすら「おいしいもの」を追いかけてきた。料理人の情熱、食材の魅力、店の個性。そういうものを丁寧に伝える仕事だ。

50代になってからは、主戦場をwebメディアに移した。単に「おいしい」を伝えるだけではなく、食を通して世の中を少しでも明るくできたらという思いを持って書いている。

今日いただいた言葉は、その気持ちが少し報われたようで嬉しかった。

焼津での取材を終えたあと、清水まで足を延ばした。以前から気になっていた『エスパルスドリームプラザ』へ行ってみた。

港町らしい開放的な雰囲気で、歩いているだけでも楽しい場所だ。せっかくなので、あちこち写真を撮ってきた。

焼津も清水も、今回は仕事の合間の立ち寄り。いつかプライベートで、ゆっくり訪れてみたい。静岡には長男夫婦が暮らしている。そのうち一緒に、のんびり歩けたらいいなと思う。

チャーラーの旅。57

愛媛県松山市への出張で、ずっと訪れたいと思っていた店へ行ってきた。
愛媛名物の鯛めしでもなければ、鍋焼きうどんや焼豚玉子飯でもない。チャーラー、すなわちチャーハンとラーメンのセットである。

その店の最寄り駅は伊予鉄高浜線・山西駅。そこから徒歩で約12〜13分。交通の便がよい場所とはいえない。今回は車移動だったので、松山市中心部からカーナビを頼りに向かった。所要時間は20分ほど。

私が興味をそそられたのは、『やきめし 潮路郎(しおじろう)』という店名。中国料理でもラーメンでもなく、やきめし。店名からやきめしに対する自信と誇りが伝わってきて、これは絶対に食べねばならないと思ったのだ。

店に到着したのは昼のピークを過ぎた午後1時すぎ。店の隣には松山市内でも屈指の人気を誇るラーメン店があり、店の前には席待ちの客が並んでいた。それには目もくれず『やきめし 潮路郎』へ入った。

店内では奥の方で、常連客と思われる70代くらいのお父さんたちがビール片手に宴を開いていた。話の内容から、どうやら幼馴染み同士らしい。昼下がりのチャーラーに相応しいBGMである。

案内されたカウンター席では、若者がやきめしを頬張っていた。かなりの量で、大盛かと思ったが、店内の貼り紙にチャーハンの量について説明があった。

「並盛」(800円)は約450グラムで、他店なら大盛クラスのボリューム。「大盛」(950円)は約600グラム。これは完食が難しそうだ。「小盛」(600円)は約250グラム、「特小」(400円)は約150グラム。さて、どれにするか。

ラーメンは「中華そば」(750円)の一択。店名に冠する「やきめし」が今回の主役であり、小盛や特小ではサブ扱いになりかねない。とはいえ、「中華そば」1杯に450グラムの並盛はさすがに多い。結局、「やきめし」は小盛を注文した。

まず運ばれてきたのは「中華そば」。思っていたのとかなり違う。山盛りのキャベツ、モヤシ、ネギを見て、「やきめし」を並盛にしなくて正解だったと胸を撫で下ろした。具材はほかに豚肉とちくわも入っている。

スープをひと口飲んで、さらに驚いた。チャンポンやタンメンのような味を想像していたが、まったく違う。甘いのだ。野菜の自然な甘みというレベルを超えた、はっきりとした甘さ。こんな中華そばは初めてだが、不思議とクセになる味わいだった。

時間差で「やきめし」小盛が到着。米一粒一粒に均一に火が通り、中華鍋を振る技術の高さがうかがえる。カコン、カコンと店内に響くリズミカルな調理音を聞いていたので、食べる前からハズレはないと確信していた。

予想通り、食感はパラパラとしっとりの中間という理想形。味付けは塩ベースだが加減が絶妙で、スプーンを持つ手が止まらない。その合間に甘いラーメンスープを飲むと口の中がリセットされ、またやきめしに手が伸びる。きっとこの甘い「中華そば」は、やきめしとの相性を計算した味なのだろう。

やきめしと中華そばを交互に食べていると、先ほど料理を運んでいた店員さんが横で賄いのやきめしを食べ始めた。卓上には粉末ガーリック、カレー粉、白コショウ、粗挽きコショウ、七味唐辛子、ソースが並び、味変し放題。私も真似して白コショウやソースを試してみたところ、これが実にうまい。やきめし自体がシンプルだからこそ、調味料で表情が大きく変わる。

いやー、おいしかった。チャーラーの奥深さを、またひとつ思い知らされた。

家族の形と、カレーの中身。

子どもたちと一緒に暮らしていた頃から、夕飯のカレーを作るのは私の担当だった。
子どもたちが巣立った後も、なぜかカレーだけは私が作っている。

ただ、子どもたちがいた頃とは中身がまったく変わった。

長男も次男もキノコが苦手で、炊き込みご飯やキノコのパスタが食卓にのぼることはなかった。その反動なのか、夫婦2人の生活になってからはキノコを好んで食べるようになった。

カレーも例外ではない。定番の具材であるジャガイモやニンジンは入れない。その代わりにキノコを使う。今回はシメジとマッシュルーム、それに牛肉と玉ネギ。

まず、熱したフライパンにバターを溶かし、スライサーで薄くした玉ネギ(大きめ2個)を炒める。

玉ネギをスライスするのは、普通にカットするより火の通りが早く、簡単にペースト状になるからだ。

ペーストができたら鍋へ移し、同じフライパンで牛肉とキノコを炒める。キノコがしんなりしたら鍋に戻し、水を加えて煮込む。ある程度煮込んだところでカレールウを溶かせば完成――なのだが、ここからがこだわりだ。

煮込み時間は、昼過ぎから夜7時くらいまで。とろ火でじっくり火を入れていく。

玉ネギのペーストのとろみは次第に消え、くすんでいた色が鮮やかな茶褐色へと変わる。その頃には牛肉もほろほろに崩れている。

ルウを加える20分ほど前に、具材用の玉ネギを追加する。火が通ったところでルウを溶かして完成。

ちなみにルウはハウスのジャワカレー中辛。ほかのルウより辛口だが、玉ネギをたっぷり入れているせいか、ほのかな甘みも感じる。

特筆すべきは、やはりキノコの風味とコク。とくにマッシュルームがいい仕事をしている。完全に「大人のカレー」である。

明日の夜もカレー。
1日寝かせると、これがまた旨い。明日は何かトッピングしてみようかと考えている。

人生の「質」は変えられる。

私は、自分自身にとことん甘い。

原稿を書くのが嫌になって、うっちゃらかしてサボったり、昼寝したりしても、そんな自分を責めたりせず、「ったく、仕方ねぇな」と、赦してやる。

そんなふざけた野郎の人生が上手くいくわけがない。

めざしていたカメラマンに、ライターになったものの、書いた記事がバズリもしなければ、ベストセラーの単行本を出版したわけでもない。結局、“何者か”にはなれただけだった。

「何者かになれたことがスゴイ」と言われるかもしれないけど、何者かになってからの方がどれだけ大変なことか、誰もわかっていない。

地方カメラマン、ライターの中の1人。いわゆる、モブ。仮に私が仕事を辞めても、代わりはいくらでもいるから、誰かが困ることはない。今もそれは変わらない。

性根を入れ替えて、さらなる高みをめざすことも考えたが、気がついたのは50歳の手前。少し遅かったのだと思う。

それならば、逆にモブとしての人生を全うしてやろうと心に決めた。

生き方は変えられないと悟ったから、人生そのものの質を変えようと思い、ブログを毎日書くことを自らに課した。

丸7年と2ヶ月が経ったが、自分自身にとことん甘いから、やはり人生は変わらない。でも、質は明らかに変わった。

ブログを書くために自分自身と向き合い、自問自答することが増えたし、物事を深く考えるようになった。紛れもなく、私の人生は豊かになった。

自分自身に何かを課すことは負担になるし、ストレスにもなる。いっそのことやめた方が楽になる。それも間違いではない。

だから、負担にならない程度のことを課す。ブログを毎日更新することは誰でもできる。書くネタがないなら、それを書けばよい。一行でもよいから、とにかく書くのだ。
ブログの公開ボタンを押して「今日も更新することができた」という成功体験を重ねるために。

アルコールや薬物の依存症の治療は、「1日単位のガマン」が効果的なアプローチだという。一生断酒、断薬を続けるとなると、大きなプレッシャーになるから、1日単位でのガマンを続けるのだ。昨日はガマンできたのだから明日も、という感じに。

依存症の治療に比べれば、ブログを毎日更新することくらい簡単だ。更新を怠っても命にかかわることはないのだから。

今年はもう1つ、私自身に課したことがある。

それは、事あるごとに「ありがとう」と感謝の言葉を述べること。買い物をしたコンビニで、食事をした店で、女房に、子どもに、友人・知人に。

「ごめんなさい」や「すみません」よりも「ありがとう」と言った方が人生を豊かにする。それを実証するのだ。

1年で結果が出なければ、2年、3年と続ければよい。それは毎日ブログを更新することで学んだ。

生き方は変えられない。でも、人生そのものの質は変えることができるのだ。