永谷正樹のなごやめし生活

「なごやめし」について書き綴ります。

カッコイイわけがない。

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私のような木っ端ライターの雑文ブログでも、ときどき感想をくださる読者様もいる。しかも、女性(嬉)。Facebookやインスタで「いいね!」をしてくださる方は男性ばかりだし、身勝手なことばかり書いているから、ブログの読者様の大半は男性だと勝手に思っている。

私を男性目線、ツレの立場から見ると、自分で言うのもアレだが(笑)、面白くてイイ奴なのである。しかし、女性目線、とくに女房からすれば、真逆。家のことは何もやらないわ、勝手に写真を撮ってSNSにアップするわ、ワガママは言いまくるわ、マクラはクサイわで挙げたらキリがない。ついでに言うと、稼ぎも少ない。

夫として自信がまったくない私が女性の読者様からお褒めの言葉をいただいたら困惑するに決まってるじゃないかぁ(笑)。そんな私に愛想を尽かさず、四半世紀も一緒にいる女房はいったい、何なのか(笑)。ドMのボランティア、いや、のび太としずかちゃんの関係と言ってよいだろう(笑)。

感想をくださった読者様は、私のことを誤解しておられる。きっと、ピュアな方なのだろう。どうも、私が自信を持って仕事に取り組んでいると錯覚しておられるようなのだ。頼むから、美化しないでくれぇ(笑)。

実際はまったく逆なのである。自信がないから、毎日こうやってブログを書いているのだ。しかも、文章はちーっとも上達しない。書けば書くほどコンプレックスが大きくなる始末。いっそのことやめてしまえばラクになるのかもしれない。そう思ったことは一度や二度ではない。ほぼ毎日。生粋の怠け者なのである。

では、なぜ毎日書き続けるのか。今現在のオノレの心を整理するのと、私が亡くなった後、女房や子供、友人たちがこのブログを見て、「ナガヤはこんなこと考えていたんだ」と偲んでいただくためだ。

それともう一つ。もっと、もっと、オノレの人生を変えたいのだ。50歳を迎えた今、それが困難であることくらい承知の上だ。でも、変わる可能性はゼロじゃない。だとしたら、黙って指をくわえているだけではチャンスは訪れない。毎日くだらないことでもよいから、ヘタクソでもよいから、オノレの存在を伝える必要があると思っている。だから、書く。書き続ける。

ひな壇の後ろの方にいて、スタジオ内で何かあるたびに大げさにリアクションする、いわゆる“ガヤ芸人”と同じだ。しかも、若手ではない。50歳のおっさん。往生際が悪いと私自身が思うのだから、見ている方はもっと呆れていることだろう。そんなの、カッコイイわけがない。

凹まず、愚痴らず、オノレの運命を受け容れて、黙々と仕事をこなす方がどれだけカッコイイか。でも、こんな泥臭い生き方しかできない。そりゃ読者様は野郎、いや、男性ばかりだわな(笑)。そりゃモテないわー(笑)。

牙を抜かれた猛獣にはなりたくない。

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雨上がり決死隊の宮迫博之さんとロンドンブーツ1号2号の田村亮さんの記者会見を受けて、たけしさんが吉本興業に苦言を呈した。さらに、

「本当のことを言うと、お笑い芸人に社会性とか安定とかを望む社会がちょっと変だよ。おいらはそれが嫌で芸人をやっているんだから。品行方正さを漫才芸人に求めちゃダメ。品行方正を求められたタレントがいいのかと思ったら、『最近の芸人はつまらない、危険度がない』って言う。それじゃあ、どっちなんだよって」と、嘆いた。

このたけしさんの発言は、今はじまったことではなく、ずっと以前から耳にしていた。

また、2000年に惜しまれながら引退した上岡龍太郎さんも

「芸人っていうのは、なんやいうたら落ちこぼれ人間です。社会のはみ出し者、アウトロー、いわば暴力団と一緒です。ですから我々はヤクザと一緒。(中略)できるだけラクしたい、みんなと一緒のことはしたくない、それでいてチヤホヤしてほしい、お金はようけもらいたい。ほとんどこういう考え方の人間が芸人かヤクザになるんですね。ただ、向こうは腕が達者で、こっちは口が達者だったっていうだけの話。上に生えている木が違うから、みんな違うって思てるけど、根は同じですから」と、30年前に語っていた。

実際、ひと昔の大阪では、言うことを聞かない子供に、親が「吉本へ連れて行くぞ」と脅したという話も聞いたことがある。つまり、芸人はサーカスや見世物小屋と同列なのだ。それを芸を見る側もちゃんと理解していたのである。私は幼い頃、よく母から「テレビばかり見ているとバカになる」と、よく言われていた。それは当時のスタンダードな考え方だったのである。

前置きがめちゃくちゃ長くなった。では、私のようなカメラマンやライターはどうか?実際、業界の中には上岡龍太郎さんがおっしゃる、落ちこぼれ人間や社会のはみ出し者が実に多い。中には有名大学を卒業した、スーパーエリートもいるにはいる。優秀なんだから、大企業に就職できただろうと思うが。まぁ、そもそもカネを稼ぐことを目的にしていたら、こんな仕事はしていない。優秀ではあっても、やはり、どこか変わっているのだ。

週刊現代の元編集長、加藤晴之さんは著書『働く、編集者─これでお代をいただきます。』の中で、編集者と書き手(作家、ライター)との関係を非常にわかりやすく述べている。いわく、「猛獣(書き手)と猛獣使い」。

つまり、編集者は猛獣使いのように、巧みにエサとムチを使い分けて、書き手を世の中に通用させるのが仕事なのである。ポイントは書き手を去勢させるのではないという点だ。去勢しまっては猛獣ではなく、愛玩動物になってしまう。結果、つまらないものしか書けなくなる。

最近、縁を切った受注先がある。雑誌やネットメディアではなく、広告の仕事だったこともあり、よいものを作るということよりもクライアントに対するオノレの面子が優先された。その時点で広告としてもアウトであるが、挙げ句の果てには私の立ち位置、いわば、「ライターの一分」にまで口を挟んできたので、手を引くことに決めたのだ。

これまで私が原稿を送っても、何の連絡もなかったことも不満だった。要するに、そのコンテンツが埋まればよいのだ。私がどんな文章を書くのかということよりも、私が「名古屋めし」の専門家としてテレビに出たり、講演をしたりすることや、ブログのアクセス数やランキングの順位の方に興味があるのだ。

クライアントには、私が忙しくて仕事を続けるのが困難であるとデタラメな説明をしたらしい。まぁ、それは仕方がない。オノレの面子が第一なんだから。さらに、同業者にも私に迷惑をかけられて損害を被ったことを吹聴しているということも耳にした。

これに関しても抗議する気はまったくない。それどころか、もっと同業者へガンガンに吹聴してほしい。吹聴すればするほどオノレの馬鹿さ加減が露呈するのだから。ひいてはメディア関係者は誰も見向きしなくなる。まぁ、せいぜい頑張ってくれ。

心地良い疲れ。

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昨日は、豊田市美術館内にあるレストラン『味遊是(ル・ミュゼ)』にて、メニュー撮影。ここは、ミシュランで一つ星レストランに認定された新栄のフレンチ『壺中天』のシェフ、上井克輔さんがプロデュースした店だ。

www.kochuten.jp

『壺中天』は、以前に『STORY』の取材でお世話になった。その後、上井さんとはFacebookで繋がった。とはいえ、お互いにFacebookでコメントをやりとりしたりすることはほとんどなかった。

少し前に、ネットメディアの取材に協力してほしいとFacebookで繋がっている飲食店オーナーに呼びかけたところ、上井さんから「同じ年齢という事もあり、非常に似た部分が多いと感じました。 50を前に私も色々と思う事がございます。 ご縁があれば是非取材等よろしくお願いいたします」と、メッセージをいただいたのである。

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しかも、私のFacebookだけではなく、このブログも見てくださっていたようで、メッセージには「ブログを読ませて頂いて、私も同じ様な心境で。 何か私にとってもプラスになる様な、精神的に、気がしまして。本当。それだけなんです。」とまで書いてあった。

『STORY』の取材でたった一度しかお目にかかっておらず、どこの馬の骨ともわからない者に、こんなあたたかい言葉をかけてくださったのである。ありがたすぎて涙が出た。

そして、5月に再び上井さんからメッセージをいただいた。「豊田市美術館に新しい店を出すので、メニュー撮影をお願いしたい」と。めちゃくちゃ嬉しかった。何をさておいてもこのオファーは受けねばならないと思い、二つ返事で引き受けた。

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撮影した写真も満足していただいたようで、2回目のオファーもいただいた。昨日撮影させていただいたのが、それだ。

照明をセットして、テーブルの上に料理を置いてシャッターを切る。モニターで写真をシェフとともにが確認して、盛り付けを微調整しながら再びシャッターを切る。まさにシェフと私の共同作業。これがめちゃくちゃ楽しい。作っては撮り、作っては撮り、3時間ぶっ通しの撮影だったが、充実感に満たされたのか、疲れ方が何とも心地良い。

近々、この『味遊是』を取材する予定。上井さんのこだわりをとことん聞いてみたい。そして、50歳を迎えた今、どんなことを考えてらっしゃるかも知りたいし、語り合ってみたい。

※記事にアップした写真は、すべてiPhoneで撮影。

治癒力。

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朝、目が覚めてから、ずっと頭が痛かった。

首の、頭のつけ根の部分がガチガチに凝っていて、

こめかみや目の周りも指で押すと痛い。

栄養ドリンクを飲んでも、頭痛薬を飲んでも治らない。

食欲もなく、仕事場のソファで1時間ほど眠っても痛みは癒えず。

こんな日に限って取材が入っている。

取材の帰りにマッサージへ行って、思いきりほぐしてもらおうか……。

そんなことを考えながら、車を現場へと走らせた。

現場に到着して、お店のご主人に挨拶。

いつものように、レンズを装着したカメラを三脚の上に。

いつものように、照明機材をセッティング。

いつものように、露出計で露出を測ってシャッターを切る。

いつものように、機材を撤収。

いつものように、撮影した料理をつまみながらインタビュー。

1時間半強で取材・撮影を済ませて車へ戻った。

すると、いつのまにか頭痛が治っていた。

っていうか、頭痛だったことを忘れていた。

自分の好きなことに集中すると、

人間が本来持っている治癒力が高まるのだ。

明日も明後日も取材。

その後は何ページかの原稿を仕上げねばならない。

今夜は早めに休もう。

つまんねぇ自分を全力で否定せよ。

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今の自分に納得がいかない。

今の環境に納得がいかない。

それは、誰のせいでもない。

すべて自分の責任。

でも、自分が、環境が、

つまんねぇと思えるということは、

完璧な自分が「ある」という

何よりの証拠。

だから、

今の自分に納得がいかない。

今の環境に納得がいかない。

そう思ったら、

「これは本当の自分ではない!」

と、全力で否定しろ。

すると、

これから自分が何を為すべきかが見えてくる。

みんな、選挙へ行こうぜ。

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先日、ある農家さんを取材した。彼は、無農薬で野菜を育てていて、肥料も植物性のものしか使っていない。しかも、種も自ら採取している。

考えてみれば、種を植えて、芽が出て、花が咲き、実ができる。そして種ができる。実に当たり前のことだ。しかし、農業の世界ではその農家さんは異端児扱いされている。

なぜなら、種はつくるものではなく、買うものというのが農業の世界ではスタンダードな考え方なのだ。しかも、その種は外国産。船や飛行機で大量のエネルギーを使いながら運ばれてくる。その種を袋詰めするのも、袋そのものを作るのもエネルギーを使う。

また、化学肥料は論外だが、牛糞などの有機肥料も牛の飼料に遺伝子組み換えのトウモロコシ等が使われていたら、身体によいとはいえない。だから、彼は植物性の肥料を使っているのだ。そう考えると、実に不自然だ。では、なぜ種を買うのか。

種を採取する作業がかなり大変というか、面倒くさいからだという。買った方が手っ取り早いし、人件費のことを考えると、コストも抑えることができる。つまり、すべてはコストと生産効率なのである。

資本主義においては生産効率を上げるほどに儲かる。それは仕方のないことかもしれない。しかし、生産性を求めるあまり、犠牲になっている部分もある。野菜の場合、それははっきりしている。味だ。

私が子供の頃に食べたキュウリはもっと青臭かったし、トマトも酸っぱかった。ニンジンも今よりずっとクセがあった。きっと、栄養価も高かったのだと思う。そんなものは野菜にこだわるレストランでしか食べたことがない。

勘違いしてほしくはないが、化学肥料を使い、大きいだけの水っぽい野菜を栽培している農家が悪いと言っているわけではない。私も無農薬有機栽培の野菜は高すぎて買えないから、美味しくないと思いながらもスーパーで買っているのだから。

疑問に思うのは、コストと生産効率優先の世の中の仕組み。それがどんどん進むと、人そのものの価値も生産効率の良し悪しで判断されるのでは?と思ってしまう。いや、もう、すでにそうなっているのかもしれない。

コストが抑えられるから、外国人労働者を大量に受け容れる。

コストが抑えられるから、従業員は非正規雇用。

コストが抑えられるから、水道は民営化。それも外資系企業。

オイシイ思いをするのは、権力者と、その周辺にいる富裕層。かくして貧富の差はますます広がっていく。人そのものを、言い換えれば、人の命をコスト換算で考えると、野菜の味が落ちたのと同様に必ず弊害が生まれる。

私の息子は2人とも大学生である。彼らが卒業して、仮に就職活動に失敗したら、正規雇用で働くチャンスはぐっと狭くなる。今まで当たり前のように思っていた結婚や出産、マイホームは夢また夢の話となる。それだけならまだしも、若者の死亡原因の第一位である自殺はとどまることがないだろうし、働き盛りの40代、50代のひきこもりも増加の一途を辿るだろう。

私のような生産性の低いカメラマンやライターも不要だ。ますます生きづらい世の中になる。私たちは、これから10年~15年ほどで仕事をリタイアするから何とかガマンすればよいが、息子たちやその子供たちに辛い思いは絶対にさせたくない。

子供たちが貧富に関係なく自由に将来の夢を描き、それを実現させてやれるような世の中であってほしい。だからこそ、今、私たちは選挙へ行かねばならないのだ。

究極の「えびかつ」。

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7月6日(土)のブログに書いた「えびかつ」の店が15日(月・祝)にグランドオープンを迎えた。名古屋市中村区にある『えびかつととんかつ 油や えん』がそれだ。前は天ぷらをメインとした和食店『天ぷら 和創菜 えん』として営業していた。

tabelog.com

前回、試食させていただいたが、撮影後だったこともあり、すっかり冷めていた。でも、あれだけ美味しいのだから、出来たての熱々はもっと旨いのだろう。名古屋市内での仕事帰りにフラフラと吸い寄せられるように店へと車を走らせた。

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店は、JR関西本線八田駅からすぐ。駐車場も完備している。外観からはどんな店かよくわからないが、それは暖簾と看板が間に合わなかったらしい。

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店主の小栗広士さん。和食ひとすじ、かと思いきや、意外なことに料理人デビューは洋食だったという。人生において、無駄なことは何一つナイのだ。

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これが主なメニュー。ほかにも酒の肴や一品料理、デザートも充実している。私が注文したのは、もちろん、名物の「えびかつ定食」(1480円)。

カウンター越しに小栗さんの仕事ぶりをチェックすると、注文を受けてから、海老としんじょうを適量ずつ取り分けて成形していた。聞いてみると、作り置きすると水分が出るためらしい。かなり手がかかっているのである。

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待つこと約10分。これが「えびかつ定食」。メインの皿にはえびかつ二切れとキャベツ、トマト、ポテトサラダが鎮座している。これにご飯と味噌汁、茶碗蒸し、漬物が付く。

「先輩がやっている店のメニューに、蟹しんじょうを包んだ名物の“お饅頭”があったんです。蟹しんじょうと言っても、ほとんどが蟹。店の名物になっていましたから、それを参考にしようと」と、小栗さん。

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これが「えびかつ」の断面。これもまた、ほとんどが海老。小栗さんによると、95%は海老だという。そりゃ旨いはずだ。

上の写真では見えていないが、ソースは定番のタルタルソースと、とことん海老の風味が味わえるように、アメリケーヌソースの2種類を用意。いずれもご飯がすすみまくる味付けに仕上げている。

何度も言うが、海老フライよりも旨い!海老フライ好きの名古屋で「えびかつ」のブームが来そうな気がする…。