永谷正樹のなごやめし生活

「なごやめし」について書き綴ります。

「変態」ノススメ。

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久しぶりに更新したというのに、いきなり申し訳ない(笑)。

少し前に『石橋貴明のたいむとんねる』で「高嶋政宏の変態グルメ」を見て以来、ずっと高嶋政宏が気になっていた。

で、先日、Facebookで↓こんな記事を見つけたのである。

jisin.jp

高嶋政宏が自らの変態性をカミングアウトした『変態紳士』なる本を出版したというのだ。無性に読みたくなり、本屋へ向かった。

入り口近くのスペースに平積みで置いてあると思いきや、タイトルがタイトルだけに場所を選ぶのだろうか。まったく見つからない。タレント本のコーナーにもなく、店員さんに探してもらおうにもタイトルを告げるのが恥ずかしい(笑)。

店内をさんざん歩き回って見つけたのが、映画や舞台の関連本のコーナー。私の中で高嶋兄は「変態」のイメージが先行してしまい、役者であることを忘れてしまっていた(笑)。棚にはたった一冊しかなく、それをゲットすることができた。

とはいえ、これだけをレジに持っていくのは、あまりにも恥ずかしい。中学時代、『スコラ』や『ボム!』、『アクションカメラ』などのビギナー向けのエロ本をマンガ雑誌でサンドイッチして買ったことを思い出し、胸の奥がキュンとした。

いやいや、思い出に浸っている場合ではない。あのときのマンガ雑誌、いわば「ダミー」となる本を探さねばならないのだ。私はノンフィクションや新書が好きで、そのコーナーへ行くも興味をそそられる本は見当たらなかった。

そして、もう一度、『変態紳士』があった映画・舞台のコーナーに目をやると、昔から大好きだったノンフィクションライターの本橋信宏さんの『全裸監督 村西とおる伝』が目に飛び込んできた。

eiga.com

この作品は、Netflixでドラマ化され、しかも山田孝之が主演を務めることをFacebookで知り、原作本を買おうと思っていたのだ。迷わず手にとって、『変態紳士』とともにレジへ持っていった。お金を払うときに、気が付いた。『全裸監督 村西とおる伝』はダミーになるどころか、破壊力を増しているではないか、と(笑)。

いやいや、久しぶりの更新でこんなオモシロ話をするつもりはなかった。買ったその日にまずは『変態紳士』をイッキに読んだ。おそらく、多くの人は「変態」と聞くと、性的倒錯者をイメージするだろう。たしかにこの本でも髙嶋兄が自らの性癖を告白している。しかし、私に言わせれば、ごく浅~い部分でしかない。つまり、まだビギナーの域を脱していないのである。

なぜ、私にそのような判断ができるのか。それは25年前に遡る。当時、働いていた編集プロダクションは全仕事の6~7割は風俗をはじめとするアダルト系だった。だから、いわゆる「変態」と呼ばれる人は、ヘンな話、身近な存在でもあった。

『変態紳士』で髙嶋兄が告白しているのは、性的嗜好だけではない。むしろ、演技や音楽、グルメなどに対する独自の深いこだわりがこの本のメインと言っても過言ではない。テレビのバラエティー番組で髙嶋兄が連呼する「変態」の定義は、性的倒錯者ではなく、何かに対して独自の深いこだわりがある者ではないか。

そんな人は私の周りにもいっぱいいる。ある天ぷら店の店主は、「一日中、天ぷらを揚げろと言われても全然平気。むしろ、油の前に立っているのが楽しくて」と語った。そば屋やラーメン屋の店主からも同じような話を聞いたことがある。また、あるフレンチの巨匠は無類の甲殻類マニアで、珍しいエビやカニ仕入れてきては、独自の食べ方で客に振る舞っている。

 彼らは紛れもなく、変態天ぷら屋であり、変態そば屋であり、変態ラーメン屋であり、変態フレンチである。変態。彼らにとっては最上級の讃辞だろう。それは、飲食店だけにとどまらない。変態カメラマンや変態ライター、変態レポーター……ジャンルを問わず、たしかに存在する。わが国も「高度プロフェッショナル」なんてもったいぶった名称にせず、いっそのこと「変態プロフェッショナル」にしたらどうだろうか。その方が、和む(笑)。

独自の深いこだわりを持つには、対象となる人や事、物に真正面から向き合って、考えて、考えて、考え抜かねばならない。その原動力となるのは、好奇心ではない。もっと、こう、オノレの人生とオーバーラップさせるほどの何か。わかりやすく言えば、ライフワークとなるのか。

私の周りは変態だらけだが(笑)、そこまでこだわらなくても、考えなくても人は生きてはいける。むしろ、その方がラクかもしれない。しかし、危険な部分もある。ネットの偏った、信憑性も不確かな記事に煽られて、オノレの「正義」を振りかざした結果、それはデマであり、損害賠償請求をされた事件はまだ記憶に新しい。

やはり、人は自分の頭でしっかりと考えなければならないのだ。だから、誰でも「変態」になれる素質を持っている(笑)。かく言う私は、「ノーマル」だが。