永谷正樹、という仕事。

フードライター、カメラマンの日常を書き綴ります。

キング・オブ・なごやめし!ひつまぶし

いくら「なごやめし」がブームとはいえ、味噌かつ味噌煮込みうどんなど豆味噌を使った料理や濃厚でピリ辛のあんかけスパなど好みがハッキリと分かれる料理も多い。そんななかでも万民受けするのがひつまぶしだろう。

ひつまぶしの発祥店として名乗りを上げているのは、熱田区『あつた蓬莱軒』と中区錦3丁目の『いば昇』。両店のHPを見ると、『いば昇』は発祥を大正時代、『あつた蓬莱軒』は明治時代としていて、後者は発祥のエピソードも掲載している。私が何度か取材をした際に聞いた部分も交えて、あらためて紹介しよう。

ひつまぶしの発祥は明治時代末期。当時は出前の注文が多く、出前持ちが丼を割ってしまうことがたびたびあり、人数分のご飯と鰻を大きなお櫃に入れて客に届けることにした。ところが、今度は鰻の枚数をめぐって客の間でトラブルに。そこで鰻を細かく刻んだのがひつまぶしのはじまりである。薬味やだし汁で食べるようになったのは戦後からだという。

また、ウィキペディアにはこんなことも書かれていた。以下に引用する。

ひつまぶし - Wikipedia

地元では実際には、細かく切るようになったのはクズのウナギを体裁よく出すためのさいころ切りであったり、お茶を掛けることについては、店員が洗い物を楽にするために、客にお茶を掛けるようにそそのかしたのが始まりと言われている。しかし、地元のプライドもあり、この話しは、あまり広められることはない。

いやいや、こんな話は聞いたことがない。もともと名古屋人は自虐ネタを交えながら地元の文化を語ることが多いが、これはヒドすぎる。悪意すら感じてしまう。どうかこのような情報を鵜呑みにしないでいただきたい。

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これが『あつた蓬莱軒』の「ひつまぶし」。お櫃に鰻がぎっしりと敷き詰められていて、何とも旨そうだ。いや、実際に旨いんだけども。タレは甘すぎず、辛すぎず。皮はパリッと、身はふんわり。頬張るごとに炭火焼きならでは香ばしさが口いっぱいに広がり、鼻から抜ける。発祥の店ゆえに、食べる側にとってはここの味がひつまぶしを出すすべての店の基準になっているのではないだろうか。

今や『あつた蓬莱軒』はひつまぶしの代名詞にもなっていて、全国から客が訪れる。平日に行ってもかなり混み合うのが難点だ。ちなみにこの写真を撮影したのは昨年11月15日。ちょうど七五三詣での日で開店前から店の前には20人ほど並んでいた。取材に対応してくださった店長によると、その前の日曜日(11月13日)は開店から閉店までずっと満席状態が続いていたというからスゴイ。

私の両親はあの店が旨いという噂を聞きつけると、わざわざ食べに行くほど大の鰻好きだった。必然的に家族で外食するときも鰻屋が多かった。しかし、今思い出しても、幼い頃に行った鰻屋、そこそこの有名店だと思うが、そこにはメニューにひつまぶしがなかったのである。私が生まれて初めてひつまぶしを食べたのは、社会人になって間もない20歳か21歳頃だったと思う。と、いうことは約25年前だ。それでも今ほどメジャーなものではなかった。では、いつ頃からひつまぶしは普及したのか?

知り合いの鰻屋さんに聞いてみたところ、「先代が40年ほど前に導入しました」とのこと。40年前というと、昭和50年代初頭である。ひつまぶしの発祥が明治時代であれ、大正時代であれ、巷の鰻屋さんがメニューに採り入れるまではかなりのスパンがあったことがわかった。

ここからは私の想像であるが、ひつまぶしを導入するのに慎重だったのは、職人ならではのこだわりが原因だったのではないか。ご存じの通り、ひつまぶしは鰻を細かく刻む。せっかく丹精込めて焼き上げた鰻を刻んでしまうことを職人としてゆるせなかったのではないかと思うのだ。

実際、取材を通じて知り合った職人さんのなかには、そうおっしゃる方もいた。鰻屋も麺類食堂と同じで、客の年齢層が高い。ひつまぶしを出せば若い世代の客も来るし、何よりも売れる。ひつまぶしは鰻屋にとって起死回生のメニューだったのではないか。今は値段が高すぎて若者でなくてもひつまぶしは高嶺の花となってしまったが…。

「なごやめし」のブログを書いている者が何を言ってるんだ!という批判を覚悟の上で書くが、私は鰻屋へ行くと、ひつまぶしではなく鰻丼を注文する。寿司や蕎麦と同様に、職人の技を堪能するべき料理だと思うし、湯せんした熱々の丼に盛られた、これまた熱々のご飯に焼きたての鰻をのせた丼こそがキング・オブ・鰻料理だと思うのだ。とはいえ、ひつまぶしも食べることは食べる。それは、東京など県外からお客さんが来たときのみである。

リッチな気分になれるのがツボ!?イタリアンスパゲティの人気の秘密

ここ2日間ほど喫茶店の鉄板を使った料理を紹介してきた。名古屋エリア以外で鉄板はステーキやハンバーグなどの肉料理にしか使わないだろう。つまり、鉄板はセレブな料理の象徴なのである。だから名古屋で、それも大衆文化の象徴ともいうべき喫茶店で広がったのだと私は考える。

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熱々の鉄板に盛られたイタリアンスパゲティがジュージューと食欲をそそられる音を立てながら席まで運ばれるときに感じるリッチな気分が名古屋人にはたまらなく心地良いのである。フツーでは何千円もするステーキでないと味わえないものが、わずか数百円で堪能できるのである!ローリスク・ハイリターンとはこのことではないだろうか。なんとすばらしいことか!

そもそも、名古屋でいちばん最初にスパゲティを鉄板にのせたのは、東区の車道商店街で今も営業している『喫茶ユキ』である。イタリアンスパゲティを考案したマスターの丹羽清さんはすでに他界しているが、生前に私は取材している。以下がその原稿だ。

名古屋・車道にある創業昭和32年の老舗『喫茶ユキ』は名古屋名物のイタリアンスパゲティ、通称“イタスパ”発祥の店。

「もともと海外旅行が大好きでよぉ、昭和30年代の後半くらいにイタリアでトマトソースのスパゲティを食べたんだわ。でも、皿に盛ってあったもんだで、すぐに冷めてまった。で、次の日に鉄板焼のステーキを食べたんだわ。肉が小さくなってもまだ熱々。それで昨日のスパゲティも鉄板ならいつまでも熱々のものを食べられると思ったんだてぇ」

帰国後、マスターは早速、ステーキ用の鉄板を探した。食材は身近にあった豚肉や玉ネギ、ニンジン、ピーマンなどを使うことにした。そしてトマトソースの代用品としてケチャップを選んだ。

イタスパの美味さは何といってもケチャップで味付けされた麺と半熟玉子のとろみとが渾然一体となった瞬間だろう。とくにココのイタスパはひと口食べるごとに甘い玉ネギの味が口の中に広がる。

「鉄板に厚めにスライスした玉ネギを鉄板に敷き詰めて、火が通った頃にとき玉子を流し込み、手早く炒めた野菜と麺をのせとる。玉子に火が通るまで時間がかかるし、何よりも玉ネギのうま味が全体に行き渡るんだてぇ」と、マスター。もちろん、イタリアンスパゲティと命名したのもマスター。その由来は、

「イタリアに行ったときに考えたメニューだからイタリアン。理由は単純だよ」とか。

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写真右が丹羽清さん。左は奥様の静枝さん。写真の撮影日時を確認したところ、'03年7月4日とあった。「なごやめし」がブームとなってから、多くのテレビや雑誌などが取材しているので、今やイタリアンスパゲティ発祥のエピソードは多くの人が知っていると思う。初めて聞いたときは本当に面白いと思った。

また、オープンした頃、当時やっと一般家庭に普及しはじめたテレビが店にはあり、プロレス中継の日には超満員になったという話も聞かせていただいた。映画『三丁目の夕日』のような、日本がとても元気だった時代にイタリアンスパゲティは生まれたのである。仮に、これが誕生しなかったら、名古屋の喫茶店のフードメニューは寂しいものになっただろう。そう考えると、『喫茶ユキ』の果たした功績は非常に大きい。

イタリアンスパゲティは鉄板を熱するのにガスコンロが別に一口必要となるため、一時期、古い店以外で見かけなくなった。ところが、'12年頃から東京でナポリタンのブームが起こると、再び脚光を浴びた。

新規オープンする喫茶店もメニューにイタリアンスパゲティをくわえるようになっただけでなく、東京のメディアも多く採り上げた。「鉄板ナポリタン」というメニュー名も生まれたのはその頃からだろう。私としてはナポリタンとイタリアンスパゲティはまったくの別物だと思っている。なぜなら、その名称から東京が立ち位置になっているように思えるからである。考案者である丹羽清さんが遺したものを勝手に変えてはならない。

台湾ミンチの汎用性の高さを証明した「鉄板台湾焼そば」

前回、喫茶店のフードメニュー、喫茶めしの代表格である焼きそばを紹介した。岐阜県多治見市にある『鉄板焼そば わが家』の店主、服部光晴さんは20年間喫茶店を営んでいた。やはり、焼きそばが人気だったそうで、6年前に店を移転する際に焼きそば専門店としてリニューアルさせた。「なごやめし」のブログなのに、なぜ岐阜県多治見市の店を紹介するのかは後ほど説明するので、もう少しだけ付き合ってほしい。

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これが今でも人気の「鉄板ソース焼そば」。喫茶店の焼きそばの必須アイテムである熱々の鉄板には目玉焼きが2個。見た目のゴージャスさもさることながら、独自にブレンドしたソースの深い味わいはクセになる。

「どの店でも目玉焼きは1個ですよね?ウチは2個入れたことで人気が出たんですよ(笑)」と、服部さん。

その人気は凄まじく、毎日のように通ってくれるお客さんも少なくはなかった。そのため、服部さんは味のバリエーションを増やそうと試みた。ソースのほかに塩や醤油、カレーなど10種類くらい作ったという。今もその一部はメニューに残っていて、なかでも異彩を放っているのが「鉄板台湾焼そば」である。このブログで紹介する理由はそこにあるのだ。

「生まれて初めて『味仙』の台湾ラーメンを食べたのは、もう20年くらい前になりますね。最初はあまりの辛さに残してしまったんですよ。でも、何回か食べるうちにクセになってしまって、週2回くらいは友達と一緒に多治見から車を飛ばして名古屋まで食べに行ってました。その友達が『台湾焼そばを作ったら絶対に売れる!』って言うから作ったんですよ」

このブログでも何回か書いているが、台湾ラーメンの特徴は、ニンニクと唐辛子で味付けしたピリ辛の「台湾ミンチ」である。これが味を決めると言っても過言ではない。今でこそネットで検索すれば、台湾ミンチのレシピが出てくるが、当時の服部さんは知る由もなかった。見よう見まねで材料を集めて作ってみたものの、店で食べる味からはほど遠いものだった。

台湾ラーメンを食べに行ったときにダメ元でお店の人に『材料は何を使ってんの?』って聞いてみたんですよ。当時、私はまだ20代で若かったし、しょっちゅう食べに行っていたから、あっさり教えてくれたんです(笑)」

試行錯誤を重ねて完成した台湾ミンチは、万民受けする味をめざした。辛さよりも肉の旨みを堪能できるように、国産豚を使用し、ニンニクや唐辛子の配合も調節した。さらに背脂もくわえてジューシーな味わいに仕上げた。

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これが「鉄板台湾焼そば」。味のベースとなるのは、オイスターソース。台湾ミンチとの相性も良く、塩や醤油で作るよりも味に深みが出るのだ。また、通常焼きそばは蒸し麺を使うが、ここでは地元多治見の製麺会社から仕入れている茹で麺を使用。蒸し麺と違って油でコーティングされていないため、ソースや調味料がよく馴染むのだ。

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具材は台湾ラーメンと同様にモヤシとニラ。しかも鉄板にはこれまた台湾ミンチと相性抜群の溶き卵が流し込んである。麺や野菜を絡めて食べるとマイルドな味わいになる。ご飯にもよく合うので、私はいつもご飯と味噌汁が付く定食を注文している。

店主の服部さんと私の出会いは、雑誌やテレビで私の名前をおぼえていてくださり、Facebookを通じて連絡をいただいたのがご縁。今でこそ台湾まぜそばや台湾カレーなど、台湾ミンチを使ったメニューは沢山あるが、すでに20年以上も前に、それも名古屋ではなく岐阜の多治見の店で出していることに驚いた。服部さんは台湾ミンチの汎用性の高さについてもよく判っていて、さまざまなメニューに用いている。それらはいずれまた紹介することにしよう。

「喫茶めし」の代表格、焼きそば

東京で喫茶店に入ると、驚きの連続である。フードメニューが少ないのである。カレーがあればまだイイ方で、メニューの端っこにサンドイッチが載っている程度なのだ。しかも、やたらと高い。これではとても腹ペコを満たすことができない。えっ?喫茶店のフードメニューはあくまでも「軽食」だって!?軽食、すなわち軽い食事ということか。うん、それなら納得ができる。

なぜなら、名古屋では喫茶店でガッツリと食事ができるのだ。フードメニューがやたらと充実していて、ヘタをするとファミレスよりも多い店もあるほどだ。松花堂弁当風の日替わりランチを出している店も多く、ひと昔前はランチが喫茶店のドル箱だった。牛丼やうどんのチェーンなど安価に食事ができる店が増えてから、どの店も苦戦を強いられている。それでも喫茶店でランチをとる人はまだ多い。

名古屋の喫茶店のフードメニューをここでは「喫茶めし」と呼ばせてもらおう。定番のイタリアンスパゲティやピラフ、オムライス、味噌かつ定食をはじめとする定食類など喫茶めしのなかでも代表格は焼きそばだろう。イタリアンスパゲティと同様に熱々の鉄板で出されることが多く、その熱で焦げたソースの香ばしいこと!家で作るよりもスパイシーで濃厚な味わいであることも特徴である。それゆえにご飯と味噌汁が付いた焼きそば定食も人気だ。あー、喰いたくなってきた。

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写真は、JR中央本線大曽根駅南口の近くにある『喫茶 ビギナー』の「塩焼きそば」。えっ?あれだけソース焼きそばの魅力を書きまくったのに、なんで塩焼きそばなのかって!?いやいや、たしかにソースも旨いけど、これも旨いんだもん(笑)。

私が初めて食べたのは、もう15年ほど前になる。今でこそ塩焼きそばはいろんな店で食べられるし、カップ麺になるほどメジャーになっているが、当時はここにしかなかったのだ。ソースよりもシンプルに思えて、食べる前に何となく味がイメージできた。しかし、実際に食べてみるとその予想は見事に裏切られた。

強火で炒められたシャキシャキの野菜とコシのある麺が見事なまでに一体化している。塩とコショウの加減が絶妙なのだ。味に深みがあり、マヨネーズや目玉焼きの黄身と絡めて食べるとまた違った味わいになる。そして、このボリューム。何でも、マスター自身がお腹いっぱいになるかどうかが基準になっているそうで、塩焼きそばに限らず、どのメニューも食べ応えがあるのがここの特徴だ。ちなみに「大盛」も可能な上にご飯と味噌汁、漬物が付く「定食」も用意している。

「もともとメニューにはソース焼きそばしかなかったんだよ。それも人気があったんだけど、毎日同じものを作るのに飽きちゃって。違う味のものを作ろうと思って行き着いたのが塩焼きそばだったんだ。ポイントは自家製のニンニク油。これで炒めることで味に深みが出るんだよ」と、マスター。

詳しいレシピも教えてくれたので、何度か家で作ってみたものの、この味を再現することはできなかった。やはり、プロなのだ。最近、私自身も喫茶店で食事をしなくなった。久しぶりに食べに行ってみようか。

大手外食産業VS個人経営店の仁義なきモーニング戦争

昨年3月、大手ファミレスチェーンの『デニーズ』が、朝10時までにコーヒーを注文すると、トーストとゆで卵が無料で付く名古屋風のモーニングサービスをスタートさせた。厳密に言えば、モーニングサービスの発祥の地は愛知県一宮市であるが、とりあえずここでは一宮市も含めた広い意味で“名古屋風”としておく。

かつて東京では'06年5月、UCCコーヒーが手がける喫茶店チェーン『珈琲館』が午前11時までドリンク代のみでクロワッサンなどのパンとゆで卵をワゴン台から好きなだけ取れる「モーニングフリー」を実施した。ところが、こんな太っ腹なサービスにもかかわらず、定着しなかったのである。その理由を東京の友人に聞いてみたところ、「食べ放題とはいえ、わざわざワゴンに取りに行くのが恥ずかしい」という、いかにも東京らしいものだった。名古屋でそんなことをやろうものなら、タッパ持参のおばちゃんが必ずいるというのに(笑)。

2017年1月現在、『デニーズ』のモーニングサービスは今も続いているようだ。私としては名古屋風のモーニングサービスが受け入れられているようで少し嬉しい。東京では『コメダ珈琲店』も進出していることから、「モーニング戦争が勃発!」という報道もあった。それを見た私は思わず苦笑してしまった。なんと、レベルの低いんだろう、と。夜の食事メニューの売り上げ減を朝にシフトすることで取り戻そうとしているだけではないか。これを「戦争」と呼ぶのなら、かつて名古屋で、それも個人経営の店の間で繰り広げられたモーニングのサービス合戦は何だったのか。ええい!生ヌルイわっ!

とはいえ、大手チェーンによるモーニングの参入は、本場の名古屋でも脅威であるのは間違いない。しかも、名古屋ではまったくの異業種であるうどんチェーンの『サガミ』の一部店舗が朝7時~11時までドリンクにトーストとゆで卵、サラダが付くモーニングメニューの提供を始めたのだ。スタッフが仕込みのために朝から店に来ているのなら開けてしまえ!と、始めたのだと思う。『サガミ』は駐車場が広く、うどん店ゆえに席もゆったりとしている。味はともかくとして、友達とダベるのが目的ならば、まったく問題はない。

名古屋市日進市の境、名東区梅森坂界隈は、個人経営の喫茶店やカフェのみならず、『コメダ珈琲』や『サガミ』、『デニーズ』などの大手チェーンも乱立するモーニング激戦区。にもかかわらず、『カフェ・お茶かつ ベニ』は大健闘している。マスターの伊藤孝之さんは言う。

「モーニングは名古屋の喫茶店のプライドにかけて絶対に負たくないと思ったんです。で、毎日来ても飽きないように、数で勝負しようと」

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これが『カフェ・お茶かつ ベニ』のモーニングメニューである。細かい文字でびっしりと書かれている。よく見ると、「追加おかわりコーヒー」や「おにぎり1ヶ追加」、「野菜サラダ」なども用意している。つまり、お腹の空き具合に合わせてカスタマイズできるのだ。驚くのはまだ早い。↓裏面にもモーニングのメニューが載っている。

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「あさがおS」や「あさがおR」、「あさがおDX」など独特すぎるメニュー名がズラリ。1枚目のメニューを合わせると、なんと24種類が揃う。これなら毎日訪れても絶対に飽きることはないだろう。では、『カフェ・お茶かつ ベニ』のモーニングをほんの一部だけ紹介しよう。

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トーストとゆで卵、サラダのベーシックな「元気モーニング」(450円※)。これはまだまだ序の口。※価格はすべて取材時の'16年7月時点のもの。

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こちらはご飯と生卵、味噌汁、小梅がセットになった「さくらモーニング」。「日本人なら朝はご飯に決まっとるがや」という和食党の客にもしっかりと対応している。メニュー名のさくら=和風、という意味である

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「さくらモーニング」にプラス100円でなんと、アジフライとサラダが付く「さくらDX」(510円)に。もはや、これはモーニングではなく、アジフライ定食ではないかっ(笑)。このメニューは、大手ファミレスのモーニングや牛丼店の朝定食に対抗して作ったそうだ。510円と喫茶店のモーニングにしては高い部類に入るが、これを目当てに訪れる客も多いという。

名古屋の喫茶店のモーニングは、とかく品数や豪華さばかりがクローズアップされるが、その奥にあるのは、マスターやママさんの「おもてなしの心」なのである。地元の客はそれに惹かれて喫茶店へ行くのだ。名古屋の喫茶店は今、冬の時代を迎えていて、どの店も経営は思わしくないと聞く。どうか一人でも多くの人、とりわけ若い世代の人が喫茶店に足を運んでほしい。そして、厳密にコスト計算された大手外食産業のモーニングメニューからは感じることのできない魅力を後世に伝えてもらいたい。

♪ソースより、フツーに、味噌が好っき~♪

10年以上前、県外の人にいちばん理解されなかった「なごやめし」が味噌かつだった。「何もとんかつにまで味噌をつけなくても」とか、「とんかつに味噌というのはナイわ」など、さんざんdisられた。ところが、「なごやめし」のブームが起きると、手の平を返したように、「味噌かつ、旨いんじゃね?」、「とんかつに味噌って意外に合うんじゃね」と、味噌かつマンセー状態になり、「なごやめし」を代表するメニューとなった。

味噌かつといえば、皿に盛られたロースかつに味噌ダレがかかっている(別皿で味噌ダレを提供する店もある)定食メニューをイメージするだろう。いろんな店を取材するなかで私は居酒屋の味噌串かつが発祥ではないかと考える。

戦後間もない頃、名古屋駅や伏見などには屋台が建ち並んでいた。豆味噌で牛のスジ肉や内臓を煮込んだどて煮を出す店が多く、その鍋に串かつを浸して食べたのだ。揚げ置きして冷めてしまった串かつを温めることにもなり、瞬く間に広がったのだ。

定食メニューはこの味噌串かつを参考に考案されたものであろう。最近、メディアやネットで味噌かつ三重県津市にある洋食店が発祥であることが採り上げられている。なかには「なごやめしはパクリだ!」なんて意見もある。そんなことはまったく問題ではない。

肝心なのは、味噌かつが地元で熱烈な支持を受けて、他店も真似をするほどの勢いで広がり、食文化として根付いているかどうかである。それは味噌かつのみならず天むすもしかりだ。だから、誰が何と言おうが味噌かつは「なごやめし」なのである。

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写真は中村区にある私のお気に入りの店『名代とんかつ八千代 味清』の「名代ヒレかつ定食(味噌)」。味噌ダレは別皿で出されるが、撮影用にかけていただいた。もちろん、「ロースかつ」も用意しているが、40歳を過ぎた頃からヘルシーなヒレかつを好んで食べるようになったため、あえてヒレかつを推したい。

 ここは大正時代から昭和の終わりまで錦で営業していた『ステーキハウス 八千代本店』から暖簾分けした先代が昭和37年に開店させた。本店は舌の肥えた財界人や政治家、文化人が集うサロン的な店だったそうで、先代は本店から受け継いだ味と技術を守ることを第一として、食材選びはもちろんのこと、ソース類やドレッシング、マヨネーズにいたるまで、すべて本店のレシピをそのまま再現している。その姿勢は現在、厨房で腕を振るう二代目店主の高杉満さんにも受け継がれ、親と子、孫の三世代で食べに来る客も少なくはない。

ここに足を運ぶたびに、思わず見とれてしまうのが厨房内。とにかく美しいのである。清掃が行き届いているだけでなく、鍋の一つ一つまでピカピカに磨き上げてあるおそらく、この姿勢も先代から、ひいては本店から受け継いだものであろう。このような店は何を食べても旨いに決まっている。

ヒレかつに話を戻そう。ヒレかつもまた、かつて本店の名物だった一品。薄めの衣に包まれた豚ヒレ肉は、愛知県産の知多三元豚をはじめ、時季ごとに産地を厳選。絶妙な火加減で揚げてあり、ほのかな甘みとしっとりとした食感が堪能できる。味噌ダレは八丁味噌ではなく、愛知県あま市にある『佐藤醸造』、いや、名古屋では『七宝みそ』と言った方が通じるだろう。その豆味噌をベースに鰹ダシをくわえ、さっぱりとした口当たりに仕上げてある。また、ご飯の炊き加減や赤だしの味付けなど細部にいたるまでこだわりが伝わってくる。

名店の味を受け継いだ、なんて書くと、ヒジョーに敷居の高い店のように思われるかもしれないが、心配無用(笑)。実際にスゴイ店なのに、高杉さんはまったく偉ぶらず、気さくに話しかけてくれる。味は言うまでもなく、私がここをお気に入りである理由もそこにある。

おっさんたちの夢が詰まったお子様ランチ。『めりけん堂 小牧店』の「めりけん堂セット」

人間というのは欲張りなもので、正月も3日を過ぎた頃には、年末にあれだけ楽しみにしていたおせち料理やお餅が飽きてくる。「おせちもいいけどカレーもね♡」とは、本当に人間の心理を的確に突いた秀逸なキャッチコピーだと思う。

たしかに和食が続いた後はカレーもいいだろう。しかし、私は今、無性にあんかけスパが食いたいのである。2.2mmの極太麺をたっぷりのラードで炒めることで生まれる、表面はやや固めで、中身はやわらかい“逆アルデンテ”の麺。レギュラーサイズではモノ足りないし、1.5だと多すぎる。となると、1.2か…。そして、麺によく絡むトマトの酸味と肉の旨み、スパイスの刺激、それぞれのバランスがとれたソース。具材はガツンとフライ物かボリューム満点のピカタか?あ、赤ウインナーはハズせない…。そんな妄想が私の頭の中を支配している。

あんかけスパの好きな人は、『ヨコイ』派や『そーれ』派、『からめ亭』派、『チャオ』派などなど、それぞれのお気に入りの店の派閥に分かれる。『ヨコイ』派の人にとっては『ヨコイ』のあんかけスパが絶対的な存在であり、滅多なことでは他店に浮気はしない。しかも、お気に入りの店を訪れたときには、つい、他店をdisったりする(笑)。そこまで愛が深いのである。

あんかけスパを食べ慣れていない愛知県外の方からすれば、「味なんてどの店でも同じじゃん」と思うだろう。一つだけ忠告しておくと、あんかけスパ好きの人の前でそれは絶対に言ってはいけない(笑)。私なら「違うわぁぁぁ!」と、涙目になってブチキレるだろう(笑)。

えっ?私はどこ派かって!?フードライターという仕事柄、あんかけスパだけでもいろんな店へ取材に行くし、それぞれの店のオーナーと長年にわたって築き上げてきた関係もある。したがって、ここは「ノーコメント」とさせていただく、なんて言っても納得はしないだろう(笑)。その代わり、今、現時点でどーしても食べたいあんかけスパとその店を紹介するのでカンベンしてほしい。

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小牧市にある『めりけん堂 小牧店』の「めりけん堂セット」である。おそらく、メジャーな店が乱立する名古屋市内に住む方にとって、ここはまったくの無名ではないだろうか。春日井に本店があり、何年か前は豊山町にもあった。自宅から近いこともあって、たまに食べに行っていたのだ。いつものように無性に食べたくなって、車を走らせると、中華料理店になっていた。ガックリと肩を落として帰ったことを今でも憶えている。その後、小牧店があることを知り、食べたくなったらここへ行っている。

かつてあんかけスパがマイナーだった頃の専門店のように、店内はおっさん占有率が異常に高い。男女比は8:2くらいだろうか。皆、大皿にテンコ盛りのあんかけスパをワシワシと胃袋におさめている。あんかけスパこそが自分も含めたおっさんたちの原動力であり、名古屋経済を、いや、世界経済を支えているのだ!

ふと、隣に座ったおっさんがあんかけスパとともにエビフライや白身魚フライ、サラダ、ライスが1プレートになっているメニューを食べていた。なっ、何なんだ?これは!?まるでおっさんたちの夢が詰まったお子様ランチぢゃないか!ってことで注文したのがきっかけで、私のお気に入りのメニューとなった。腹ペコのときはほぼ100%このメニューを注文する。

ここだけの話、私はあんかけスパを食べるたびに罪悪感を感じている。それは、決して身体に良いとはいえない栄養バランスにある。まぁ、それもあんかけスパの魅力の一つだが。この「めりけん堂セット」はその最たるモノで、あんかけスパとライス、そして揚げ物と、炭水化物ワールドが炸裂している。しかし、キャベツのサラダを添えることで少しだけ罪悪感を和らげてくれるのだ(笑)。

昨年12月16日付のブログ、「名古屋ちゃんぽん」と呼びたい!『長命うどん』のミックス麺でも書いた通り、私は几帳面な性格である。それゆえに、あんかけスパのソースや揚げ物のタルタルソース、サラダのドレッシングがそれぞれ混ざり合わないように、万全を期して食していても、最後の方はどうしてもミックスされてしまう。しかし、それもまた洋食店のハンバーグに添えられて、デミグラスソースが少しだけかかってしまったポテサラのように美味しい。

このブログを書いているうちにますます食べたくなってきた。仕事始めのランチはここに決まり、だな。