永谷正樹、という仕事。

フードライター、カメラマンの日常を書き綴ります。

リッチな気分になれるのがツボ!?イタリアンスパゲティの人気の秘密

ここ2日間ほど喫茶店の鉄板を使った料理を紹介してきた。名古屋エリア以外で鉄板はステーキやハンバーグなどの肉料理にしか使わないだろう。つまり、鉄板はセレブな料理の象徴なのである。だから名古屋で、それも大衆文化の象徴ともいうべき喫茶店で広がったのだと私は考える。

f:id:nagoya-meshi:20170106221050j:plain

熱々の鉄板に盛られたイタリアンスパゲティがジュージューと食欲をそそられる音を立てながら席まで運ばれるときに感じるリッチな気分が名古屋人にはたまらなく心地良いのである。フツーでは何千円もするステーキでないと味わえないものが、わずか数百円で堪能できるのである!ローリスク・ハイリターンとはこのことではないだろうか。なんとすばらしいことか!

そもそも、名古屋でいちばん最初にスパゲティを鉄板にのせたのは、東区の車道商店街で今も営業している『喫茶ユキ』である。イタリアンスパゲティを考案したマスターの丹羽清さんはすでに他界しているが、生前に私は取材している。以下がその原稿だ。

名古屋・車道にある創業昭和32年の老舗『喫茶ユキ』は名古屋名物のイタリアンスパゲティ、通称“イタスパ”発祥の店。

「もともと海外旅行が大好きでよぉ、昭和30年代の後半くらいにイタリアでトマトソースのスパゲティを食べたんだわ。でも、皿に盛ってあったもんだで、すぐに冷めてまった。で、次の日に鉄板焼のステーキを食べたんだわ。肉が小さくなってもまだ熱々。それで昨日のスパゲティも鉄板ならいつまでも熱々のものを食べられると思ったんだてぇ」

帰国後、マスターは早速、ステーキ用の鉄板を探した。食材は身近にあった豚肉や玉ネギ、ニンジン、ピーマンなどを使うことにした。そしてトマトソースの代用品としてケチャップを選んだ。

イタスパの美味さは何といってもケチャップで味付けされた麺と半熟玉子のとろみとが渾然一体となった瞬間だろう。とくにココのイタスパはひと口食べるごとに甘い玉ネギの味が口の中に広がる。

「鉄板に厚めにスライスした玉ネギを鉄板に敷き詰めて、火が通った頃にとき玉子を流し込み、手早く炒めた野菜と麺をのせとる。玉子に火が通るまで時間がかかるし、何よりも玉ネギのうま味が全体に行き渡るんだてぇ」と、マスター。もちろん、イタリアンスパゲティと命名したのもマスター。その由来は、

「イタリアに行ったときに考えたメニューだからイタリアン。理由は単純だよ」とか。

f:id:nagoya-meshi:20170106221120j:plain

写真右が丹羽清さん。左は奥様の静枝さん。写真の撮影日時を確認したところ、'03年7月4日とあった。「なごやめし」がブームとなってから、多くのテレビや雑誌などが取材しているので、今やイタリアンスパゲティ発祥のエピソードは多くの人が知っていると思う。初めて聞いたときは本当に面白いと思った。

また、オープンした頃、当時やっと一般家庭に普及しはじめたテレビが店にはあり、プロレス中継の日には超満員になったという話も聞かせていただいた。映画『三丁目の夕日』のような、日本がとても元気だった時代にイタリアンスパゲティは生まれたのである。仮に、これが誕生しなかったら、名古屋の喫茶店のフードメニューは寂しいものになっただろう。そう考えると、『喫茶ユキ』の果たした功績は非常に大きい。

イタリアンスパゲティは鉄板を熱するのにガスコンロが別に一口必要となるため、一時期、古い店以外で見かけなくなった。ところが、'12年頃から東京でナポリタンのブームが起こると、再び脚光を浴びた。

新規オープンする喫茶店もメニューにイタリアンスパゲティをくわえるようになっただけでなく、東京のメディアも多く採り上げた。「鉄板ナポリタン」というメニュー名も生まれたのはその頃からだろう。私としてはナポリタンとイタリアンスパゲティはまったくの別物だと思っている。なぜなら、その名称から東京が立ち位置になっているように思えるからである。考案者である丹羽清さんが遺したものを勝手に変えてはならない。