永谷正樹、という仕事。

フードライター、カメラマンの日常を書き綴ります。

ひとり飯のススメ。(5)

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グルメ情報誌『おとなの週末』は、ライターが実際に店を訪れて食べ歩く「覆面取材」を基に、いちばん美味しかった店を紹介している。名古屋のページがあった頃は私も特集のテーマに則って、毎月10軒近くの店を食べ歩いていた。

覆面取材のコツ、というかポイントは、気配を消すことである。まだ駆け出しの頃、担当編集であり、勝手に師匠だと思っているアサイ師匠から、「絶対に取材であることをさとられるんじゃないぞ!」と、口が酸っぱくなるほど言われた。

難しかったのは、店の人に気づかれずに写真を撮ることだった。取材時に店主が気を利かせて量を多くしたり、盛り付けを豪華にしたりすることがある。記事を見て店を訪れた読者が実際に出された料理を見て、「雑誌を全然違う!」というクレームが入ったとき、編集部も店も被害を被ってしまう。それを防ぐために写真を残しておく必要があるのだ。

また、覆面取材時に撮影した写真を誌面に載せることもあった。カメラマンとしては、せっかく載せるならキレイな写真を使ってもらいたいと思うのは当たり前である。今はインスタもあるし、料理の写真を撮っていても何とも思われないが、当時はスマホすらも普及しておらず、カメラを持ち込むしかなかった。

店内の照明を利用して撮影するので、カメラの性能も重要だった。当時のコンパクトデジタルカメラも暗い所では思うように撮れず、大きな一眼レフを持っていくしかなかった。やはり、それだとかなり目立つので、売り出されたばかりのミラーレス一眼を覆面取材専用のカメラにしていた。それでも目立っていたと思う。

あるうなぎ屋へ覆面取材へ行ったときのこと。覆面取材は怪しまれないように友人や女房と2人で行くのだが、この日は誰も都合が合わず、私一人で訪れた。何度も言うが、覆面取材のポイントは気配を消すことである。店内へ入ると、調理しているご主人からは見えない死角の席を選び、丼を注文した。

15分後くらいに注文したうなぎ丼が目の前に運ばれた。店員さんの目を盗んでバッグからカメラを取り出してサッと撮影した。シャッター音を消しているとはいえ、あまり沢山撮っていると怪しまれてしまう。アングルやタテ位置、ヨコ位置を変えて2、3カットずつ撮影するのが精一杯だった。

撮影を終えたら、あとは食べるだけ。私が注文したうなぎ丼は思いのほか美味しく、あっという間に平らげた。あまりメディアにも露出していない店だったこともあり、穴場店を見つけることができたと思い、心の中でガッツポーズをとった。

食べ終わったら長居は無用である。代金を支払おうとレジへ向かった。まだお昼のピーク前だったので、ご主人が対応してくださった。そのとき、

「いやぁ、お客さん、カッコイイわー!サッと注文して、サッと食べて、サッと帰る。うなぎはそうでなくっちゃ。女性のお客さんなんかは箸を動かさずに口ばっかり動かしているからさ。うなぎ屋としては出来立てをすぐに食べてもらいたいんだけどね。ほんと、お客さん、カッコイイわー!」と、まくし立てた。

こちらは気配を消したつもりが思いっきり目立っていたのである(笑)。と、いうことで、うなぎや寿司、そば、天ぷらなど、いわゆる江戸前の料理を食べさせてくれる店はサッと食べて、サッと帰るのが粋。“ひとり飯”にはぴったりなのである。新型コロナに伴う緊急事態宣言中にひとりでうなぎを食べに行こうかと考えている。

 

※写真のうなぎ丼と本文は関係ありません。