永谷正樹のなごやめし生活

「なごやめし」について書き綴ります。

大切な人の死。

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今回のブログは、私の大切な友人、F.C.さんに捧げます。

 

50歳を過ぎると、結婚式よりも

通夜・告別式に参列する機会が多くなる。

 

私は43歳のときに父と母を相次いで亡くした。

 

年老いただけでなく、

病に冒されて元気がなくなっていく父母の姿を

見るのが忍びなかった。

 

だから、一つ屋根に暮らしていても、

入院してからも、

あまり父母と話さなくなった。

これではいけないと思いながらも。

 

長い間、2人ともほとんど寝たきりになっていたので、

覚悟はしていたつもりだったものの、

失ってみると、やはりショックは大きかった。

 

もっと話がしたかった。

もっとこうすれば良かった。

 

後悔の念が後から後から押し寄せた。

 

でも、

亡くなってからの方が

父と母の存在を

身近に感じるようになったのもまた事実。

 

瞼を閉じて、父母を思うと、

弱々しい姿ではなく、

元気だった頃の笑顔が浮かんでくる。

 

そのたびに

「ありがとう」と、手を合わせる。

心の中の父母はますます笑顔になる。

 

私はこう考える。

 

父母と私が出会ったのは、偶然ではない。

何かしらの縁、血縁という目に見えるものだけではない。

日本人は血縁を重視するが、

そんなものは大したことはない。

血縁を超えた、もっと大きな力によって生まれた縁。

 

神がつくった縁と考えてもよい。

だから、今世だけの出会いであるはずがない。

と、いうことは、

これから先、必ず会えると確信している。

 

ひょっとすると、父と母は、

息子たちの子ども、

つまり、私にとっては孫として

生まれてくるかもしれない。

 

今世で会うことができなかったら、

来世で必ず会える。

 

そう考えると、

悲しみよりも楽しみの方が勝る。

 

肝心なのは、

父母に見護られている中で、

自分はどう生きるのか。

 

私は、できるだけ、

できるだけ、

人を憎まず、恨まず、

生きていきたい。