永谷正樹のなごやめし生活

「なごやめし」について書き綴ります。

自分の頭で考える。

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昨日は中身のないブログを公開してしまい、申し訳なかった。薬を飲んで、ぐっすりと寝たおかげで体調はすっかり回復した。

さて、私が「町おこし」をテーマにした講演会などでよく話すのは、

「その人が知らないことは、その人にとって存在しないことである」ということ。

例えば、美味しいものを食べさせてくれる店があるとする。その店を知らない人にとっては、その店は存在しないということ。当たり前っちゃぁ、当たり前の話。

だからこそ、PRすることは必要不可欠なのだ、という風にいつも講演会では話を締めくくる。私が自分のHPを作ろうと思ったのはそこにある。

身体が自由に動かなくなるまで仕事をしようと思っているが、残りのカメラマン、ライター人生でリアルに出会う人はいったい何人だろう。そう考えると、自分の分身が必要だ。

HPを見れば、そして、このブログを読めば、私が何を考えているかがわかる。共感していただければ、いや、私という人間に興味を持っていただければよいのだ。そして、写真や文章が必要になったときに思い出してくださればなおよい。それが私がHPを開設した狙いである。

行政の制度なども同じだ。例えば、新型コロナウイルスの給付金。連日マスコミが報じたため、人々が役所に殺到している。しかし、母子家庭への手当などは知らない人が意外と多いらしい。

行政の制度は知らないと申請できない。もちろん、行政は行政でHPなどで情報を公開しているが、それを知らないがためにお金に困っている人も多いと聞く。直面した問題を抱えている人々にとって、給付金は応急手当のようなものだが、あるとないでは生活は大きく変わる。

では、国会で話し合われていることはどうか。国会中継という形で情報を公開しているが、働いている人はほとんど見ることができない。と、なると、自分で衆参両議院のインターネット審議中継のビデオライブラリをチェックすることになるが、そこまでやっている人はごく少数だろう。

また、給付金や手当と違って、国会で決まったことが私たちの生活に影響を及ぼすのは少し先なので、あまり関心がないという人も多いと思う。私もそうだった。しかし、興味を持ってテレビや新聞のニュースを見ると、想像を絶するバカなやりとりが国会で話し合われていることがわかる。

にもかかわらず、この国では、「批判すること=悪」という風潮がある。要するに、素人がチャチャ入れずにプロに任せておけばいいんだと。しかも、政府は政府で精一杯頑張っているんだからと。

政府が今、何をやっているのか、そして、これから何をやろうとしているのかを知った上で「批判をしない」と判断を下したのであれば、私はその意見を尊重する。知らないのに、知ろうとしないのに、「批判すること=悪」となるのか。私にはさっぱりわからない。

国民が自分の頭で考えないことほど国の指導者にとってありがたいことはない。90年近く前、そんな状況から生まれたのがナチスである。それとこの国の状況は酷似しているように思える。こんなはずではなかったと気がついてからでは遅いのだ。

だから、私は批判すべきところは批判する。そして、選挙の際には、誰に何と言われようが自分の考えに近い政党に票を投じる。自分が仲良くしている人や尊敬している人が推している政党・候補者だからという理由では絶対に投票しない。そんなの、当たり前の話だと思うのだが。

あ、あくまでもここで述べたのは私が「正しい」と判断したことである。「正しさ」は人によって違うのは当たり前だし、読者様が自分の頭で考えて判断したことについて異論を唱えるつもりはない。むしろ、それを尊重する。