永谷正樹のなごやめし生活

「なごやめし」について書き綴ります。

ターニングポイント。【後編】

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【前編】は↓こちら。

nagoya-meshi.hateblo.jp

【中編】は↓こちら。

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グルメを自らの取材テーマとして、再び東京の出版社を訪ねた。ある雑誌の編集部では、その頃、名古屋のライターとカメラマンを探していたこともあって、トントン拍子に連載が決まった。とはいえ、フードライターとして、まったく実績もない私を使おうとよく決断したものだと思う。

取材へ行っても、料理人が使う専門用語がまったくわからかった。だからと言って、知ったかぶりしてその場をやり過ごすことができず、一つ一つ訊ねた。おかげで取材時間が長引いてしまうこともたびたびあった。しかし、彼らは嫌な顔一つせず、親切丁寧に教えてくれた。

また、初代の編集担当はとても厳しい人だった。とくに言い回しなどの文章表現はもちろんのこと、「、」や「。」、改行する部分にいたるまで細かくチェックしてくださった。写真を独学で学んだ私には師匠がいないが、彼のことを文章の師匠だと勝手に思っている。

師匠と一緒に仕事をしたのは、本当に短い間だったが、思い出は沢山ある。師匠を訪ねて東京へ行ったときのこと。新宿アルタ前で待ち合わせして、どこへ連れて行かれるのかと思いきや、店全体が回転する、ちょうど山頂にある展望レストランのようなキャバクラだったり(笑)。酔った勢いで

「人気グルメ雑誌の編集者である師匠が連れて行ってくれるのは、寿司か天ぷらだと思ってましたよ」と私が言うと、

「バカヤロー!オレがそんなとこ行くわけねぇだろっ!ここ(回転キャバクラ)の焼きそばがいちばん旨いんだよ!おーい、焼きそばちょうだーい♪」と師匠。本当にもう、メチャクチャな人だった(笑)。

さて、すべてのレギュラー仕事を失ってから、約20年。師匠をはじめ、多くの編集者と出会ったおかげで何とか今までやってこれた。これは本当にいくら感謝しても足らないほどだ。また、20年間かけて築き上げた料理人たちとの関係も私にとってはかけがえのない財産である。

私のターニングポイントは、フリーになったときと、レギュラーの仕事がすべてなくなったときの2つと思っていたが、正しくは3つだった。散々お世話になった編集者や料理人に恩返しをするには、私自身が写真家として、文筆家として、さらにスキルアップすることであると気がついたのだ。だからこそ、今年の目標に

「メディアに爪痕を残したい。」と掲げたのである。

フリーとなって、約四半世紀ずっと突っ走ってきたつもりである。その反面、途中でレギュラーの仕事をすべて失ったことで、いつの間にか「食うこと」を目的に仕事をしてきたことは否めない。もちろん、食うために仕事をすることを否定しているわけではない。要は考え方だ。

この1回のシャッターが、この1文字がオノレの運命を左右する───。そんな思いで仕事に臨めば、本当に人生が変わると思うのだ。と、同時にオノレが本当に撮りたいものにレンズを向ける。つまり、作品撮りも平行して行っていく必要がある。

それと今年は、できるだけ多くの人、とくに業界関係者の皆様と交流しようと思っている。ずっと1人で仕事をしてきただけに、考え方も凝り固まっているに違いないのだ。

何か、脈絡のない話になってしまった。でも、今、気がついた。

毎日がターニングポイントなのである。そんな思いでこれから迎える50代を生きていこうと決心した。