読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

永谷正樹のなごやめし生活

「なごやめし」について書き綴ります。

派手好き名古屋の地味すぎるお雑煮

その他のなごやめし

高校卒業後に進学や就職のために地元を離れたという方は多いと思う。しかし、名古屋では少数派。有名進学校は別として、私の高校時代では卒業後に地元を離れたのはクラスで2,3人程度だったと思う。なぜなら、大学や専門学校は沢山あるし、製造業をはじめとする企業も数多くある。

親兄弟や親戚、友人も近くにいるので地元での暮らしはラクなことこの上ない。しかし、地元以外の文化に接することがないために弊害も少なくはない。東京や大阪からすれば特異に見えることでも名古屋ではごく当たり前だったりするのだ。視野が狭いのである。かく言う私も地元を離れたことがない。18歳まで豆味噌で作る赤だしがグローバルスタンダードだと思っていたほどである(笑)。逆にその視野の狭さこそが全国でも類い希なる食文化を育む土壌が生まれたのだが。

前置きが長くなりましたが、新年あけましておめでとうございます。ブログをはじめてから、わずか1ヶ月そこそこですが、多くの方々に読者になっていただいたり、はてなスター(よく意味がわかっていません・笑)をいただいたりと本当にありがたく思っています。毎日、仕事の合間にコツコツと記事を書くのは大変ですが、皆様の反応が大きな励みになっています。「『なごやめし』なら、このブログを見ろ!」といわれるようになるのを目標に、今年もガンガンに記事を更新してまいります。よろしくお願いいたします。

さて、元旦ということで、今回はお雑煮の話をしよう。名古屋城金のシャチホコを代表されるように、名古屋人は派手なことが大好き。とくに結婚式などハレの日にはここぞとばかりにお金を使いまくり、豪華絢爛な演出で客をもてなす。そんなことから、ハレの日であるお正月に食べる雑煮はさぞかしゴージャスなのでは?と思う方も多いだろう。

f:id:nagoya-meshi:20161229115618j:plain

これが、わが家のお雑煮。生まれてからずっと、お正月はこのお雑煮を食べてきた。家によっては、この上に花がつおをかけたりすることもあるが、大差はないと思う。鰹だしにしょうゆを合わせたシンプルなつゆに入るのは、角餅ともち菜のみ。もち菜は、古くから尾張地方で栽培されている「あいちの伝統野菜」で正月菜とも呼ばれている。小松菜と似ているが、小松菜よりも色が淡く、やわらかくてほのかな甘みがあるのが特徴だ。

それにしても地味である。おそらく、日本一地味なお雑煮だろう。派手なことが大好きな土地柄なのに、いったいこれは何なんだ。赤だしにも使用する豆味噌や農業が盛んな渥美半島知多半島の野菜、三河湾で獲れる魚介をふんだんに使った、超ゴージャスなお雑煮であってもおかしくはないのに。でも、やっぱり、お雑煮はシンプルなのがいちばんだと思う自分もいる。野菜や鶏肉がゴロゴロ入っていたり、味噌仕立てのお雑煮はちょっと考えられない。

この名古屋のお雑煮の地味さ加減について調べてみたところ、下記の通り、さまざまな説があることが判った。

1.徳川吉宗ブチキレ説

祭りや芝居が大好きな江戸時代の尾張藩の殿様、徳川宗春が、質素倹約で幕藩体制の立て直しを図ろうとしていた徳川吉宗に叱られたのがきっかけに雑煮も質素になったという説。

2.エライさん(名古屋弁でVIP)になりたい説

もち菜の「菜」を「名」に掛けて、餅と一緒に持ち上げて食べることで「名を上げる」、つまり、出世してエライさんになるというゲン担ぎであるという説。

いずれも、それなりに説得力はあるものの、これらには明確な根拠がないという。ただ、どんな説であれ、名古屋の雑煮が地味である点は揺るぎない事実である。が、すばらしい部分も多々ある。まずは、シンプルゆえに餅の美味しさがストレートに伝わるということ。これは絶対の自信がある。

わが家ではだいたい1月末くらいまでお雑煮を食べる。その理由は、餅ともち菜さえあれば簡単に作れるからだ。一方、鶏肉や多くの種類の野菜が入るお雑煮はそういうわけにはいかないだろう。だから、1月末くらいまでお正月気分が味わえるのもウレシイ(笑)。さて、これからお雑煮を食べて、お正月をのんびりと過ごそう。