永谷正樹、という仕事。

フードライター、カメラマンの日常を書き綴ります。

心をこじ開けたカギ。

先日、パニック障害を克服された方の話を聞く機会があった。

パニック障害はとても厄介な病気で、その人の場合は心臓の鼓動が激しくなるという。それがいつ起きるかわからないところに恐怖心が生まれる。人混みの中を歩いたり、電車やバスなどの乗り物に乗れないのはそのためだ。

その人は8年間も苦しんだ。家族のすすめでさまざまな趣味や習い事をしたが、心が晴れることはなかったという。こんなに苦しい思いをするくらいなら、いっそのこと死んでしまった方が楽になるかもしれないとまで考えるようになった。

家族のことを思い、死ぬことを思いとどまることができたが、発作的に自殺してしまうかもしれないという恐怖に襲われた。恐怖がさらなる恐怖を生み、恐怖に心が支配されてしまった。

そんなとき、知り合いから「いつもニッコリと笑っていなさい」と言われた。おかしくもないのに笑うことはできないと思ったが、毎日鏡を見ながら笑顔をつくった。笑うというよりも、口角を上げることを意識したといった方がよいかもしれない。それでも毎日毎日続けた。

すると、頬が痛くなった。何しろ、8年間まったく笑っていない、つまり、頬の筋肉を使っていなかったので筋肉痛になってしまったのだ。

表情を失った自分は家族にどれだけ辛くて悲しい思いをさせてしまったのだろう。そう思うと申し訳ないという気持ちが芽生えてきた。同時にこれまで自分だけが辛くて苦しいと思っていて、家族のことを考える余裕がなかったことに気がついた。

すると、ほんの少しではあったが恐怖心が和らいだ。それでも電車やバスに乗るときは決死の覚悟が必要だった。

ある日、出かけた帰りに乗ったバスでのこと。今くらいの季節で日が短く、すでに外は薄暗くなっていた。窓から景色を眺めていたら、ガラスに自分の顔が映っていることに気が付いた。

そこには以前のような暗い表情をした自分ではなかった。それを見た瞬間、常に心を覆い被さっていた恐怖心がまったくなくなっていたことに気がついた。以来、心臓の鼓動が激しくなることは一度もないという。

その人の暗く閉ざした心をこじ開けた鍵となったのは、「笑い」であるのは間違いない。。私のように一人で仕事をしていると笑う機会も少なくなる。毎朝、私はコーヒーを淹れ、朝食を作っているが、ベーコンや目玉焼きが上手にできたといった些細な出来事にも喜ぼうと思う。