永谷正樹のなごやめし生活

「なごやめし」について書き綴ります。

Iさん、お疲れ様でした。

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取材でお世話になっているだけでなく、プライベートでもときどき食べに行っていた店の総料理長から、店を辞めるとの連絡があった。彼はグループ店のメニュー開発のみならず、店も任されていた。勤め人ではあるものの、これまで料理人として生きてきた彼の集大成のような店だった。

しかし、新型コロナウイルスの影響で売り上げが激減し、いくつかの店を閉めざるを得なくなった。その一つが彼の店だった。

「自分がやりたいと思うことと、会社がこれからやろうとしていることの、方向性のズレですよね」と、彼は寂しそうに語った。

勤め人といえども、総料理長ともなれば、給料もそこそこもらっているはずだ。会社の方針に従って、職務を全うすれば安定した生活だって送ることができる。奥さんや子供だっていることだろうし。

でも、彼は「自分がやりたいこと」を優先したのである。そこに私は共感した。私も家族のために働いているとは1ミリも思っていない。申し訳ないとは思っているが。すべては、オノレの自己実現のためだ。それが嫌で女房から三行半を突きつけられても仕方がない。そういう生き方しかできないんだから。

たしか、彼は私よりも4歳年下だったと思う。だから、47歳か……。私が38歳くらいのとき、ふと、新聞の求人広告を見て愕然とした。38歳の自分を雇ってくれる会社はどこにもなかったのだ。まず、年齢でハネられるのである。もう、サラリーマンには戻れないと実感した。

しかし、料理人の場合は異なる。腕さえあれば、年齢に関係なく食っていける。総料理長まで努めた彼の、料理人としてのステップアップとなると信じている。そして、またいつか美味しい料理を食べさせてほしいと願うばかりである。

Iさん、お疲れ様でした。一緒に行こうと約束していたラーメン、落ち着いたら食べに行きましょうね。私で役に立つことがありましたら、遠慮せずに言ってください。これからも応援します。