永谷正樹、という仕事。

フードライター、カメラマンの日常を書き綴ります。

カメラにAIは必要か。

1987年、私が写真専門学校の1年生のときにキヤノンからレンズ内にモーターを組み込んだAF(オートフォーカス)のカメラ、EOS650が登場した。また、ニコンからは前年の1986年にF-501が発売されていた。

当時、私も含めて学生の多くはMF(マニュアルフォーカス)のカメラを使っていて、AFを小馬鹿にしていたところがあった。実際、当時のAFは遅い上に画面の真ん中にしか合わないため、使いものにならなかった。

しかし、時代が昭和から平成になると、AFは当たり前になり、測距点が多くなり、ファインダーを覗く眼の動きに合わせてピントが合う視線入力までできるようになった。

2000年代に入ると、フィルムからデジタル一眼になった。AFの性能はさらに向上し、動きが激しいスポーツ撮影などにも十分対応することができた。

さらにミラーレスになると、人間の瞳を検出してピントを合わせ続ける瞳AFはどのメーカーのカメラにも搭載されるようになった。さらには動物や鳥、車、列車も検出するモデルもある。

写真専門学校の先生は、AFのカメラが登場したとき
「いつか人がカメラに撮らされる時代が来る」と言ったが、まさにその通りになりつつある。それどころか、カメラがなくてもAIで自在に画像を生成できる時代になった。

写真は自分の目で見た世界を切り取るものであると教わったし、今もそう思っている。しかし、AIがさらに進化してカメラに搭載されたら、アングルや構図もAIに決められるかもしれない。そうなると、誰が撮っても同じような写真が量産される。

これを面白いと捉える人もいると思うし、逆につまらないと思う人もいると思う。私はやっぱり後者かな。古いタイプのカメラマンなので。

動体予測AFや瞳AFのないオールドコンデジが流行っているのは、カメラが技術的に進化しすぎて誰もがきれいな写真を撮ることができるようになったからかもしれない。

トップの画像は、17年前に発売されたオールドコンデジ(RICOH GX200)をRAWデータで撮影し、Lightroomでノイズを抑えた1枚。

AIを搭載するカメラに対して私はどちらかというと否定的だが、AIが搭載されているLightroomは日常的に使っている。そこに矛盾が生じていることも自覚している。