永谷正樹のなごやめし生活

「なごやめし」について書き綴ります。

自由な時間。4

f:id:nagoya-meshi:20191215211851j:plain

私の人格形成に多大なる影響を与えたB高校。学生はヤンキーかオタクにくっきりと別れ、どいつもこいつも変わったヤツばかりだった。少なくとも勉強するために学校に来ている様子はなく、自由を謳歌していた。そんな環境だから、先生たちもかなり個性的だった。

まずは、2年生のときの担任だったKTP先生。忘れられないのは掃除の時間だ。帰りのホームルームが終わって、教室を掃除するために机を後ろの方に下げる。ホウキを手にして教室内を掃除をはじめたKTP先生。脇目も振らずに黙々と手を動かしていたのだが、途中でピタッと止まった。自分以外誰も掃除していないことに気がついたのだ(笑)。で、ブチキレた。

「オレしかやっとらんがや!オマエらなぁ、オレは家でも掃除ばっかしとるんだぞ!」と。家でも掃除……って、知らんがな(笑)。でも、そのキレ方がキレ芸の芸人ばりに面白かったのだ。

あと、KTP先生の思い出といえば、合唱コンクール。ホームルームの時間に

「絶対に優勝する!」とKTP先生はいきなり宣言した。思春期真っ只中の高校生にとって合唱ほどツマラナイものはない。しかし、先生は「優勝するための秘策がある」と熱く語り続けた。それは選曲の重要性。長年の経験から先生が選んだのは、「モルダウ」。

youtu.be

「この曲をなぁ、完璧に歌い上げると雄大なモルダウ川の情景が浮かぶんだてぇ。どえらい感動するでいかんがや」と、力説した。あまりにも熱心だったので、気がついたときには皆、先生の話に耳を傾けていた。先生の最後のひと言が私たちの心を完全に掴んだ。

「優勝した曉には、ジュースで祝杯だぁ!」

指揮者には、クラスでいちばん背が高いという理由だけでヤナギハラ君がKTP先生から指名された。こうして毎日練習に励んだ。それも、放課後だけではなく、朝、いつもより早く学校へ来て練習したことも。

朝練のときには、女子の室長(学級委員)だったゴカワさんがおにぎりを沢山作って持ってきてくれた。これが嬉しかった。男子は単純だから、

「ゴカワのためにも頑張ろうぜ!」みたいな雰囲気になった。ひょっとすると、ゴカワさんは周りの女子たちから

「ゴカワの野郎、抜け駆けしやがって!」と思われていたかもしれない。当時はそんなこと考えもしなかったが。ったく、女子は面倒くせぇ。

そんなこんなで練習しまくったおかげで、本番ではまったく緊張することなく歌いきった。客席がどよめいたのを今でも覚えている。予選は簡単に通過して、学年を代表して本戦へ挑んだ。ところが、予選で力を出しきってしまい、本線では3年生の女子クラスに勝てなかった。結果、準優勝に終わった。それでもKTP先生は私たちの奮闘を喜んだ。優勝は逃したものの、ジュースで祝杯した。

37歳のときに高校2年のクラス会を開いた。KTP先生も出席してくださった。そこで先生が挨拶の中で話したのは、合唱コンクールの思い出。当時、自分と同じ2年生の担任教師の中に大キライな人がいたそうで、合唱コンクールではりきっていたのは、

「アイツだけには絶対負けたくなかったんだてぇ」とのこと。すごくわかりやすいし、KTP先生らしくてよい(笑)。

クラス会のとき、KTP先生は管理職にはなっておらず、一教師として教鞭を執っていた。それはなぜかと訊ねると、

「教頭や校長なんてものはよぉ、なりたくて、なりたくてしゃぁないヤツがなるんだてぇ。オレ、なりたくないもん」とのこと。これもまた、KTP先生らしいと思った。それにしても、よくもまぁ、あれだけ個性的な連中が集まるクラスをまとめ上げたものである。今思えば、教師としてかなりデキる人だったのだと思う。こんな先生、今はいないだろうなぁ。カトピー先生、ありがとうございました。