カメラマンは、
「見る」ことが仕事だと言ってもよい。
例えば、料理。
撮影する前も、撮影しているときも
いろんな角度から料理を見る。
すると、
「ここから撮って!」
と、料理が訴えかけてくる。
いや、マジで。
私はそれに応えるように、
シャッターを切る。
それがたまらなく楽しい。
人の場合はどうか。
レンズを向けて、
ファインダー越しに相手を見る。
たまに
圧倒的な存在感を放つ人がいる。
友人の福田ちづるさん(↑写真)もその一人。
彼女のような芸能人でなくても、
存在感がスゴイ人もいる。
私が日頃接している料理人や
企業経営者も然り。
オーラのように思われるかもしれない。
違う。
そんな易しいものではない。
懸命に生きていることが
伝わってくるのだ。
燃やしているのだ。
生命の炎を。
撮影の、絵作りの主導権は
こちらが握っているはず。
でも、
彼らの、全身から溢れ出る生命力に負けて
つい、シャッターを押してしまう。
それでも何とか食い下がって
ファインダーの被写体を見続けて、
フレーミング(構図)を決めて、
シャッターを切る。
そのやりとり、
いわば生命のやりとり。
殺し合うのではなく、
生かし合う。
足し算ではなく、
かけ算。
それがたまらなく楽しい。
私が写真を生業にしている理由も
そこにある。