写真専門学校で非常勤講師をしていたときのこと。2年生たちが卒業する頃だったと思う。一人の学生が私に駆け寄ってきてこう言った。
「先生、僕、いろいろ考えたんですけど、写真以外の仕事に就くことにしました。写真を仕事にすると、自分の作品を撮る暇がなくなると思うんですよ。仕事が休みの日に撮りためて、将来は写真展を開こうかと」と。
私は彼の作品を見たことがない。いや、あるかもしれない。でも、記憶にないということはその程度のものだったのだろう。
専門学校在学中、有り余るほど時間があるにもかかわらず、作品を撮らなかった者が就職してから撮れるはずがない。
「仕事が休みの日に撮る」というのは、カメラマンになるという夢をまだ諦めていないという彼なりの精一杯のポーズだったと思う。私は、
「そうか、頑張れ」とだけ答えた。
彼はもう30代。きっと、ごくフツーのサラリーマンになっていることだろう。
「オレさ、若い頃には夢があってなぁ」なんて後輩に話をしていると思うと萎える。そもそもスタートラインにさえ立っていない奴が何言ってんだ。あまりにもカッコ悪い。カッコ悪すぎる。
カメラマンにしろ、ライターにしろ、役者にしろ、スポーツ選手にしろ、料理人にしろ、プロとしてオノレの腕一本で食っていくということは、単なる職業の選択ではない。
生き方なのである。生き方そのものを変える覚悟が必要なのだ。
安定した仕事に就きながら、その片手間に作ったものなんぞ趣味の領域を出ない。
SNS上の無責任で軽薄な「友達」から「いいね!」をもらって悦に入ればよい。
人様の心を動かし、お金をいただくなんてことは到底ムリだろう。
何よりも、テキトーな言い訳をしてオノレの挫折を正当化することほど惨めったらしいことはない。
キビシイ言い方になるが、彼のその後の人生は1ミリも興味がない。