永谷正樹、という仕事。

フードライター、カメラマンの日常を書き綴ります。

ライター論。(2)

ふぅ……。長文の原稿を書き終えた。5000字オーバーの超大作。あまりにも長すぎて終わりが見えなくなり、途中で何度も放り出してしまった。結局、書くのに3日間もかかった。まったく、ナニやってんだか。

でも、書き終えたら解放感でいっぱい。産みの苦しみも一気に吹き飛んだ。きっと、脳内でセロトニン的なホルモンが分泌されるのだろう。だから、いくら苦しくても、辛くても、次の原稿に取りかかることができるのだ。人ってのは便利にできているんだな。

さて、今日もライター論。ライターは、原稿を書き終えたら仕事が終わるわけではない。雑誌の場合、誌面になる前のゲラをチェックする。Webの場合も記事の公開前にチェックしなければならない。

その際、担当編集が文章を手直しすることがある。それ、私は大歓迎。なぜなら、しっかりと原稿を読んだ上で、もっと読みやすくしたり、より内容が読者に伝わるように「良かれ」と思ってのことだから。

私の場合は文章力に自信がないから、というのもある。担当編集は女房役でもあり、ライター1人の力で誌面を作っているわけではない。担当編集との二人三脚なのだ。ライターが文章のプロなら編集者もプロ。プロ同士のコラボは最強だと思う。

今でこそほとんどなくなったが、駆け出しの頃は担当編集に原稿を送ると、真っ赤になって返ってきた。真っ赤とは、赤鉛筆で修正の指示がギッシリと書かれているという意味である。

とくに『おとなの週末』の初代担当編集のアサイ師匠は厳しかった。「、」や「。」まで細かく指摘してくださった。きっと、「オレが書いた方が手っ取り早いわ!」と、呆れながら赤を入れていたと思う。

まだまだ私は文章に自信が持てない。でも、何とかライターの仕事を続けているのは、アサイ師匠をはじめ、数多くの編集者が私の拙い文章に赤を入れてくださったおかげだと思っている。

ところが、これをヨシとしないライターもいる。

「自分が心血注いで書いた文章を一字一句、勝手にイジるんじゃねぇ!ゴルァ!!」ってことだ。自分の文章に絶対の自信があるなら、その気持ちもわからないではない。でも、私には言えないな……。