永谷正樹、という仕事。

フードライター、カメラマンの日常を書き綴ります。

食文化の終焉。

今日は岐阜県高山市で取材。ってことで、トップ画像は高山ラーメン。

高山は久しぶりだけど、もともと多かった外国人観光客がさらに増えたような気がする。同時に高山ラーメンの店も観光客向けになったような気がする。

しかも、どの店も強気の観光地価格。それでも売れるからヨシとしているのだろうが、重大なことを忘れている。

地元で暮らす人々の存在である。デフォルトのラーメンが1000円超えとなると、まず行かない。あ、東京や大阪のような都市は1000円超えは当たり前かもしれないし、長く続いていた“1000円の壁”を超えることができたと思っている。

しかし、地方の場合はまだまだラーメンに1000円は高いという考えがあるのもまた事実。とくに高山ラーメンは飲んだ後のシメやおやつ代わりに食べられていたことから、1000円の壁は未だに根強く残っているのだ。

そうなると、地元の人々は行かなくなる。その分観光客が来てくれるからよいと思うのは大間違いである。なぜなら、観光客が未来永劫訪れ続けるという保証はまったくないのだから。

食文化とは、そこで暮らす人たちが長い時間をかけて醸成してきたものであり、地元の人にソッポを向かれた時点で食文化としては終わりなのだ。それはもはや文化ではなく、コンテンツである。

実際、高山ラーメンは、魚介の風味がきいた醤油スープに細ちぢれ麺とカテゴライズされ、濃縮スープをお湯で割って提供する店もあると聞く。

どこかで聞いた話だろう。そう。名古屋めしがまさにそれだ。冷食のとんかつにスーパーで売られている味噌ダレをかけただけで、名古屋めしの一つである味噌かつというコンテンツが出来上がる。本当はもっと奥深いものなのに。

県外から客を呼び込んでお金を落としてもらうためだから仕方がない、という考えは理解できる。でも、私は名古屋の食を観光のコンテンツなどという薄っぺらいものとしてメディアで紹介したくない。本物を、本物を作るために日々努力している人をこれからも追いかけていく。