永谷正樹のなごやめし生活

「なごやめし」について書き綴ります。

絶対に譲れないもの。2

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不思議なことに、カメラマンになろうと決めてから、劣等感はなくなっていった。と、いうか、まったく気にならなくなった。勉強ができないことくらい、どうってことはないと思っていた。

なぜなら、英語も、数学も、国語も、社会も、化学も、物理も、よい写真を撮るのにまったく必要がないからだ。とくに高校時代の3年間はトータルで数時間しか勉強していないという(笑)、人生でもっとも自由な時間を過ごした。

何よりも大切にしていたのは、友達との時間。一緒に笑ったり、泣いたり、時にはヤンチャをしたり、その時期にしかできないことを存分に楽しんだ。そんなごくありふれた経験こそが、モノを生み出す原動力になると思っていたのだ。それは今でも間違っていないと確信している。それもあって、私はこれまで息子たちにただの一度も勉強しろと言ったことがない。

早いもので写真に携わるようになって、30年が経った。文章まで書くようになったのは、まったくの想定外だったが。20代、30代の頃はとにかく沢山の仕事をこなすことを第一としていた。自分自身のやってきたことを振り返る余裕もなく、前だけを見てガムシャラに突っ走ってきた。

40代になり、仕事の量は激減した。当然、売り上げも急降下。出版不況といえばそれまでだが、それを言い訳にしたくなかった。自分が使い捨ての、便利屋的な存在であることを認めてしまうことになると思ったのだ。仕事の量は少なくても、自分にしかできないことがあるはずだという思いで40代を生きてきた。

今年4月には50歳となった。今もこれから老後を迎えるにあたって安心して暮らすことができるかを考えると不安でたまらない。しかし、それよりも何かを表現する者として、このままでよいのかという気持ちの方が大きい。

もちろん、自分にしかできない今の仕事にやり甲斐も十分に感じているし、オファーをくださる方には感謝しても足らないほどだ。でも、このブログで何度も使っている「内なる自分」が満足しないのである。

「お前はまだまだ!」、「お前はこのまま満足してよいのか?」と、挑発するかのように心の中で語りかけてくるのだ。それに何としても応えたいし、勝ちたい。勝たねばならない。そのせいで写真のことばかり考えている。

とにかく、写真が好きなのだ。できることなら、ずっと好きなものにレンズを向けて、シャッターを押していたい。この気持ちは、初めてカメラを触った14歳のときからまったく変わっていない。私にとって、絶対に譲れないもの。それは、やはり写真を撮るということなのだ。

 

※写真は、愛知県春日井市にある、きしめんの名店『えびすや 勝川店』の店主、伊藤辰男さん。お店の詳細については、いずれまた書くのでお楽しみに。