永谷正樹、という仕事。

フードライター、カメラマンの日常を書き綴ります。

ブログ記事の削除について。

専門学校の講師として仕事を始めたのは、私の母校である写真専門学校からスタートしたのではない。フリーとなって、まだ2年が経つか経たないかくらいだっと思う。某コンピューター専門学校から声が掛かり、キャッチコピーやセールスプロモーションの授業を担当した。

当時はWindows95が発売されたばかりで、コンピューターの専門学校に通う学生はオタクばかりだった。その中でも筋金入りの(?)オタク学生がいた。彼はまだ普及しはじめたばかりのインターネットにのめり込み、その世界がすべて正しいと信じているフシがあった。彼曰く「マスコミが報じているのは嘘ばかり」と。

だから、雑誌のカメラマンであり、ライターである私に対して敵対視していた。ことある毎に私に食いついてきたが、所詮は19歳、20歳の若者である。彼の言い分は悉く論破された。当時は私も若かった。

「ネットばかり見ているヒマがあれば、街に出てナンパでもして来い!そんな度胸がなければキャバクラでも行って来い!その方がよっぽど勉強にならぁ!」くらいのことは言っていたと思う。『試みの地平線』の北方謙三を気取っていたのかもしれない。

ある日、そのオタク学生が

「もしも、先生が書いた記事が間違っていたら、どう責任を取りますか?」と、質問してきた。その答えは一つしかない。関係各所に謝罪する。そして、必要ならば謝罪広告を載せる。ネット記事の場合は修正または削除する。ただし、「間違いが事実であれば」である。

記事の「正しさ」は、読む側の主観でときとして逆に「間違っている」と、捉えられかねない。そのため、取材相手と相談しながら細心の注意を払って書く。それでもクレームが入る場合がある。

私が書く原稿は飲食店の紹介記事か飲食関係者のインタビュー記事が中心。それに対してクレームが入るというのは、その店や人が記事に採り上げられること自体が許せないのである。つまり、やっかみであり完全にイチャモンの類である。「法的手段を検討している」というのが常套句だが、自由にすればよい。

雑誌やネットの記事ではなく、このブログは情報よりもむしろ私の胸中を書き綴っていることが多い。その場合、内容は完全に私の主観である。ひょっとしたら記事を読まれた方が不愉快な思いをすることがあるかもしれない。

でも、私は記事を削除しない。ブログはアクセスしなければ見ることができない。SNSのように勝手に流れてくるわけではないので、不快であれば、見なければ良いのだ。

「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」

18世紀のフランスの哲学者、ヴォルテールの言葉であり、言論の自由の理念である。