永谷正樹のなごやめし生活

「なごやめし」について書き綴ります。

みんな、選挙へ行こうぜ。

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先日、ある農家さんを取材した。彼は、無農薬で野菜を育てていて、肥料も植物性のものしか使っていない。しかも、種も自ら採取している。

考えてみれば、種を植えて、芽が出て、花が咲き、実ができる。そして種ができる。実に当たり前のことだ。しかし、農業の世界ではその農家さんは異端児扱いされている。

なぜなら、種はつくるものではなく、買うものというのが農業の世界ではスタンダードな考え方なのだ。しかも、その種は外国産。船や飛行機で大量のエネルギーを使いながら運ばれてくる。その種を袋詰めするのも、袋そのものを作るのもエネルギーを使う。

また、化学肥料は論外だが、牛糞などの有機肥料も牛の飼料に遺伝子組み換えのトウモロコシ等が使われていたら、身体によいとはいえない。だから、彼は植物性の肥料を使っているのだ。そう考えると、実に不自然だ。では、なぜ種を買うのか。

種を採取する作業がかなり大変というか、面倒くさいからだという。買った方が手っ取り早いし、人件費のことを考えると、コストも抑えることができる。つまり、すべてはコストと生産効率なのである。

資本主義においては生産効率を上げるほどに儲かる。それは仕方のないことかもしれない。しかし、生産性を求めるあまり、犠牲になっている部分もある。野菜の場合、それははっきりしている。味だ。

私が子供の頃に食べたキュウリはもっと青臭かったし、トマトも酸っぱかった。ニンジンも今よりずっとクセがあった。きっと、栄養価も高かったのだと思う。そんなものは野菜にこだわるレストランでしか食べたことがない。

勘違いしてほしくはないが、化学肥料を使い、大きいだけの水っぽい野菜を栽培している農家が悪いと言っているわけではない。私も無農薬有機栽培の野菜は高すぎて買えないから、美味しくないと思いながらもスーパーで買っているのだから。

疑問に思うのは、コストと生産効率優先の世の中の仕組み。それがどんどん進むと、人そのものの価値も生産効率の良し悪しで判断されるのでは?と思ってしまう。いや、もう、すでにそうなっているのかもしれない。

コストが抑えられるから、外国人労働者を大量に受け容れる。

コストが抑えられるから、従業員は非正規雇用。

コストが抑えられるから、水道は民営化。それも外資系企業。

オイシイ思いをするのは、権力者と、その周辺にいる富裕層。かくして貧富の差はますます広がっていく。人そのものを、言い換えれば、人の命をコスト換算で考えると、野菜の味が落ちたのと同様に必ず弊害が生まれる。

私の息子は2人とも大学生である。彼らが卒業して、仮に就職活動に失敗したら、正規雇用で働くチャンスはぐっと狭くなる。今まで当たり前のように思っていた結婚や出産、マイホームは夢また夢の話となる。それだけならまだしも、若者の死亡原因の第一位である自殺はとどまることがないだろうし、働き盛りの40代、50代のひきこもりも増加の一途を辿るだろう。

私のような生産性の低いカメラマンやライターも不要だ。ますます生きづらい世の中になる。私たちは、これから10年~15年ほどで仕事をリタイアするから何とかガマンすればよいが、息子たちやその子供たちに辛い思いは絶対にさせたくない。

子供たちが貧富に関係なく自由に将来の夢を描き、それを実現させてやれるような世の中であってほしい。だからこそ、今、私たちは選挙へ行かねばならないのだ。